言わずと知れた、ジョン・レノン の奥様 オノ・ヨーコ の
「Don't Worry, Kyoko 」(京子ちゃん、心配しないで)
最後まで聴けた方には拍手を送りましょう!
前衛芸術家と言われただけありますね。
「Don't Worry,Don't Worry」 が
「どんぐり、どんぐり」 って聴こえるわ^^
前夫との間に生まれた娘、京子ちゃんに捧げた曲ですね。
初めてラジオで聴いた中学生のとき、DJの(確か、つボイノリオでした)
「京子ちゃん、全然心配していなかったのに
この曲聴いたら、余計に心配するわぁ~」
という言葉に吹き出した覚えがあります^^
ジョンの奥様ということはご存知でも、一体何者?と思われる方に少しだけ。
ヨーコは父方の祖父は日本興業銀行総裁、母方の祖父は貴族院議員で
その一族には安田財閥の創始者である安田善次郎、医学者の小野康平や
国連大使であった加瀬俊一、歌舞伎役者の十三代目片岡仁左衛門が揃っている
名家に生まれております。
60年代にNYを拠点とする前衛芸術集団に属していたなんて
こんな家に生まれていなければありえませんね。
中卒で地方から都市部に集団就職する人が多かった時代です。
芸術活動としては、こんなことをやっていたのです。
(Yoko Ono "Cut Piece" Performance Art)
「Cut Piece」 という、観客が舞台上のヨーコの衣服を切り取って行き
彼女の内的苦痛を伝えるものだそうです。
う~ん、超凡人の私にはよく解かりません^^
が、ジョンが惹かれたのはこの芸術性。
出会いはヨーコの個展なんです。
白い脚立が置かれ、それを昇り天井に貼られたキャンバスの小さな文字を
虫眼鏡で見るという 「天井の絵」 という作品で
そこに小さく 「YES」 と書かれていたことにジョンは感動するのです。
う~ん、やはり凡人には解かりません^^
このとき二人ともそれぞれ家庭を持っていたのですが
それを捨てて結婚してしまうのですね。
私はそういうの好きじゃないんですけどね^^
この後の二人の運動やパフォーマンスまで書くと長くなりますので
いずれ機会があったら書きます。
ジョンが凶弾に倒れる直前に出したアルバム 「ダブル・ファンタジー」 の中には
こんな曲が入っていました。
これは当時、ヘッドホン無しでは家で聴けませんでした^^
(Yoko Ono - Kiss Kiss Kiss)
2000年に入ってからはヨーコが発表する曲が
ダンス/クラブ・プレイ・チャートで7回もNo.1を記録しており
この分野では最も活躍しているアーティストの1人と言われています。
( Ono - Walking On Thin Ice)
現在、81歳!!
こんな「超スーパーおば様」から見れば
私なんて鼻タレ小僧ですかね^^
数年前の講演会では 「退屈なんてありえない」 「人生はまだまだ途中」
と仰っています。