その昔「 赤頭巾ちゃん御用心 」を歌っていた「 レイジー 」
覚えていらしゃいますか?

レイジーはもともとディープパープルの曲からその名前が付けられ

ハードロックバンドを目指していました。
かまやつひろしに認められてデビューすることになるものの
製作側が目指したのは「 ベイ・シティ・ローラーズ 」
売れれば好きなハードロックがやれると信じて出した
「赤頭巾ちゃん御用心」がヒットすればするほど
メンバーの心中は複雑なものだったようです。

赤頭巾ちゃんから2年ほどは あいかわらずのアイドル路線。
その後「DOMESTIC TOUR IN SUMMER」から「ヘヴィー・メタル宣言」が行われたものの
やがては よくある音楽の方向性の違いという理由でレイジーは分裂。


ここで話は変わりますが、私が高崎晃というギタリストのいるラウドネスを知ったのは
yoshikiによってXを解雇されたTaijiが
ラウドネスに加入することになったからです。
このときの高崎晃、まるで原始人のようでモサモサなんですけど

ギターソロになったら、うんっ? す、すごい・・・
気に入ると色々と聴きまくっちゃう私。
あるとき若かりし頃のラウドネスが
ヨーロッパツァーに行った動画を見つけちゃったんです。
ただ普通に歩いている高崎晃を見て
なんか、この人見たことあるなぁって。
あれぇ、ひょっとしたらレイジーのスージーじゃない?
確かスージーってギターだったし、このもじゃもじゃヘアーも同じ感じ。

すぐに調べてみたら、やっぱりスージーだったんです!!
レイジー分裂後、高崎晃はドラムの樋口宗孝とラウドネスを結成していました。
一方、ボーカルのミッシェルは「影山ヒロノブ」の芸名で数々のアニメ主題歌を歌い
「アニソン界のプリンス」と言われています。ドラゴンボールZの「CHA-LA HEAD-CHA-LA」も
彼が歌っています。
ベースのファニー、キーボードのポッキーはポップ路線のバンド「ネバーランド」を結成し
それぞれの道を歩んで行くんですね。
実は・・・本当は「おばちゃんの書くギタリスト」で

高崎晃を書いていたのですけど
いつものように技術的なことは「すごくうまい!」しか書けず
なんだかレイジー時代のことばかりが書けてしまう。
挙句の果てにレイジーのことのほうが多くなってきましたので
あわてて題名を変えました。(最初は「高崎晃」だけでした)
80年代、積極的に世界に進出し
あのMr.Bigのギタリスト「ポール・ギルバート」も
影響を受けたギタリストとして高崎の名を挙げたほどのソロを最後に。

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