まあ、ご自身で老害などと言っているのだから認識はあるのだろう。

 

相撲などで、何年か前に、男性の偉い人が土俵上で体調悪くして倒れるということがあった。で女性の看護師さんやらが土俵に上がったら、すかさず「女性の方は土俵から降りて下さい」というアナウンスがあった。この出来事を覚えていらっしゃる方も多いと思う。

 

なぜ女性が土俵に上がってはいけないのか

 

そういう決まりであるから。ただそれだけの事である。

 

能や狂言、歌舞伎などの伝統文化でも、男性が女性役をして、女性は決して本舞台にあがることはできない。役者にもなれない。

 

高校野球なども、女性マネージャさんがいるが、試合中に限らず、グラウンドに立ち入ることができない。決まりだからである。

 

今日NHKさんのEテレの将棋を見ていたら、女流戦などの歴史や人物などの紹介をされていた。

 

わざわざ女流とことわっての将棋文化。

 

王将や名人、竜王などの頂点は男性棋士だけで争われる。

 

これも伝統だからである。

 

更に日本の憲法を見ても、天皇は男性にしかなれない。

過去に、歴史上に女性天皇がいても、現行憲法上はなれない。

 

憲法改正や皇室典範の改正をしないと、天皇になることができないのだ。

 

海外でも女性蔑視の発言だと言う方がいるが、森元総理、JOC会長としての立場からは、ご本人もそんなに差別したという意識はなかったのではないかと思われる。

 

日本語で、井戸端会議という用語があるが、日頃のうっぷんやら愚痴やら、ご近所さんの出来事などを面白おかしくおっかさんたちが、とりとめもなく話していたからだろう。朝・夕の江戸時代では水道などは当然なく、井戸のまわりでくっちゃべるのが一つのコミュニティー。

 

私の子供のころ、昭和30年代は水道はなく、トイレもボットン便所であった。井戸で水を汲むのは当たり前。30年代後半から徐々に水道が整備されていった。

 

そんなわけで、戦後生まれの私たちでさえ、女性の長話は当たり前という認識はあったし、その当時から昭和40年代で女性が自動車運転免許を取得するということさえ、変な女性、と思われていた。

 

60代の私でさえそのような偏見の時代を生きてきたのであるから、80代の森さんが未だに持ち続けるのも当然か。

 

 

偏見、差別は民主国家として当然なくなっていかなければならない。

 

戦争に負けた軍国主義の日本、民主主義のありようを教えてくれた戦勝国米国。

 

だけどいまだに女性大統領が登場しないのはどうしてだろう。

 

副大統領がようやく登場してくれた。

 

だが、前大統領のトランプ氏の分断政策で、よれよれのアメリカという国。

 

コロナの解決と、自由と民主という理念を見せてほしいものである。