『青春とは人生のあるいっ時を言うのではなく、心の様相を言うのだ』
昔どっかで習ったサムエルだかザビエルだかって人の言葉だ。
だが、そんな言葉はまやかしだ。青春なんてもんは学生時代にしか味わえないただの幻想。馬鹿やっても大抵お小言で済まされる身分の時しか経験できねぇ蜜壺だ。
そんな奇麗事を真に受けるのはリストラされてブルー入ってるおっさんか、もしくはただの阿呆だけだ。
俺も馬鹿で阿呆だが、その言葉が嘘だって事くらいは判る。社会に出ちまうと、途端に社会人って烙印押されて誰かが決めたレールの上を走らされる。
気持ちがどうあろうとお構いなし。学生って身分が終了した瞬間、青春時代はもう終わり。はいご苦労様でしたってわけだ。
俺に残された青春時代は残り一日。今日が最後。
「秦。とりあえず準備はOKだ」
「とりあえず、ってのが妙に気になるところだが。大丈夫なのかキノ?」
「あぁ。準備万全だ」
「さっきと言ってる事違うじゃねぇか。……まぁいいさ。そんじゃぁ『さらば青春。最後の最後まで無茶やっちゃうぞ作戦』発動だ」
「了解だ」
だったら、青春最後の1ページ。ド派手に飾り立ててやろうじゃねぇか。
悪いが話はまだ続く。上の数行でこの物語が完結だとでも思ったのか?悪いが世の中そんなに甘くは無い。続くといったら続くのだ。
えーっとだな。実は今回の計画を最初に持ちかけてきたのはキノこと木下の方だった。
事の発端はキノの何気ないこの一言からだった。
「なぁ秦。俺達の生徒指導室出勤回数。何回目だか覚えてるか?」
「んなもんいちいち数えてねぇよ」
卒業式を間近に控え、3年の俺達は特に授業も無く平和な日々を貪っていた。この日も特にする事が無く、キノと近所の駄菓子屋を冷やかしている真っ最中だった。
「ふむ。だが俺は数えていてな。前回までで通算99回だ」
「暇人め」
少しぬるくなったチェリオを飲み干し、キノの言った言葉をなんとなく反芻する。生徒指導室出勤99回?
「99回か」
「そうだ。99回だ」
99。ゾロ目。二桁の位の最上位。もう1を加えれば?
「秦。お前はこの数字をキリが良いと考えるか?それとも……」
「いや。キリが悪いねぇ。どうせなら三桁いっとかねぇと後味が悪ぃ」
「お前ならきっとそう言うと思った。そこでだ。記念すべき我らが通算100回目の機会は、もはや卒業式の日を置いて他には無い」
珍しくキノが不敵な笑みを零す。大抵の悪巧みは俺がキノを誘うというパターンだったが、最後の最後にコイツに乗せられてしまっている。だけど、悪い気はしない。
「やりますか」
「やられますか」
俺達は互いの決意を確認しあい、最後の悪巧みの計画を練るために立ち上がった。
ついでに行きつけだった駄菓子屋のばーちゃん(御歳92)の目の前でキンキンに冷えたチェリオをかっぱらう。許せばーちゃん。これで最後だ。
とりあえず決まった作戦名『さらば青春。最後の最後まで無茶やっちゃうぞ作戦』の実行内容をキノと二人で検討しながら、俺はコイツと今までやらかしてきた悪行の数々を思い出していた。
キノとの出会いは至ってシンプル。お互いワルで少しは名前の通っていた俺達はどっちが強いか白黒させるために決闘をし、最後には友情が芽生えて強敵と書いて『とも』と呼ぶ関係になったのだ。
すまん。嘘だ。
本当は俺が小遣い稼ぎの為に働いていた深夜のコンビニバイトの時。ゴミ出しをしに裏口に行くと、うちの制服を着たズタボロの野郎が転がっていた。それがキノだった。
喧嘩に巻き込まれたかカツ上げにでもあったんだろうと思い、俺はそのまま放っておこうと思い横を素通りすると、キノが俺に向かって話しかけてきた。
『なぁ、腹が減った。何か廃棄する食い物あったらくれないか?』って。
数日後。学校の廊下でキノと再会し『この前はおにぎり助かった。お前には借りが出来たな』と、随分フレンドリーに話しかけてきやがった。
『廃棄品だ。そんなんで借り作ったとは思ってねぇよ』と言葉を突き返すと『それでも助かった』なんて笑顔で答える始末。
それが俺とキノの馴れ初め。いきさつ。腐れ縁の始まりというわけだ。
キノは普段真面目で良い奴で。しかもクラスの評判はめっぽう良かった。
そのくせ、自分の意に反する事には我慢が出来ず、気に入らなければ暴力沙汰になってもお構いなしという性格をしていた。
だからキノの奴が喧嘩を吹っかける理由は殆どが『考え方が気に食わなかった。それだけだ』といったものだ。
俺もそんな性格のキノだからこそ、こうしてつるんで来られた。
思えば、コイツとつるんでるお陰で通算99回の生徒指導室行きを成し遂げているにも関わらず退学せずに済んでいるのかもしれない。
なぜなら、お互いつるみ始めてから暴力沙汰を起こすことがめっきり無くなったのだ。持ちつ持たれつの関係。ナイスなコンビだとは思わないか?
「ところで秦」
俺が思い出に浸っていると、キノが頭を捻りながら切ない声を上げてきた。
「なんだヒポポタマスJr」
「ヒポポタマス?俺の新しい愛称か。……ふむ。斬新だな。しかしなぜJrなんだ?」
「真に受けるな馬鹿。ところで用件はなんなんだキノ?」
俺が聞き返しても、キノはずっとヒポポタマスJrという言葉を反芻していた。気に入ったのかソレ?
「あぁすまない。聞きたい事と言うのはだな、今回の作戦名についてなんだが」
「おう。なかなか素敵なネーミングセンスだろ?」
「お前のネーミングセンスには前々から一目置いてはいた」
一目置いててくれていたのかキノよ?
「だが『さらば青春。最後の最後まで無茶やっちゃうぞ作戦』って事は、俺達の青春はもう終わりなんだろうか?」
「まぁ……そうだろ。俺もお前も、高校出たら就職が決まってるんだ。今までみたいな馬鹿はもう出来ないだろ?だったら、本当の意味での青春なんてもんはコレで仕舞いだ」
俺がそう言い切ると、キノは少し寂しそうな顔をした。
俺もキノも今言ったように高校を卒業したら就職することになっている。俺は知り合いのバイクショップで修理工の見習いに。キノは親父さんが経営している蕎麦屋で修行することになっている。
コイツとも、今までみたいに毎日顔をあわせる事が出来なくなる。そんな余裕が無くなっちまう。
だから今度で最後。卒業式の日にめでたく通算100回目の生徒指導室行きで俺達の青春は幕を閉じる。
「世知辛いな」
キノは自嘲するように少し笑った。
「あぁ。まったく世知辛い世の中だ」
俺もキノに吊られて、ほんの少しだけ笑った。
「なら、最後は派手な花火を打ち上げるとしよう」
「おう。……って、それも良いな。卒業式のある体育館にマジで花火打ち上げるか。勿論爆竹やロケット花火なんかじゃなく大筒の打ち上げ花火。サイズは20号の大玉で紋は景気良く錦菊ってのはどうよ?」
「体育館の中でだと流石に洒落ではすまない気もするが、ともかく俺は柳とか椰子の方が好きだ」
「三種類全部ド派手に打ち上げるか?」
「うむ。粋だな」
こうして、俺達の青春最後の馬鹿騒ぎ計画はつつがなく進行していった。
そして話は最初に戻り卒業式当日。
正確には前日の夜から準備やらなにやらで慌しかったが、なんとか計画実行までこぎつけた。
狙うタイミングはプログラムの最後に組まれている校長による閉会の挨拶。式の途中で実行してしまうと、一応他の卒業生の大事な青春の1ページを汚してしまうことになる。
だったら、どうせ誰も聞いてない校長の挨拶の途中で失礼させてもらうのが一番良い。退学させずに今日まで俺達をこの場所に居させてくれた校長には悪いが、そこは寛大なお心で簡便してほしい。
「秦。とりあえず準備はOKだ」
「とりあえず、ってのが妙に気になるところだが。大丈夫なのかキノ?」
「あぁ。準備万全だ」
「さっきと言ってる事違うじゃねぇか。……まぁいいさ。そんじゃぁ『さらば青春。最後の最後まで無茶やっちゃうぞ作戦』発動だ」
「了解だ」
キノのGOサインを受け、俺はあらかじめ用意してあった拡声器の電源を入れ、高らかに宣言した。
俺の最後にして最大の晴れ舞台だ。全員耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ。
「あーあー。ただいまマイクのテスト中。テステステス。あーあーあー。……ゴホンッ。卒業生ならびに来賓の皆様方。あとついでに教職員の皆様もよーくお聞き下さい」
俺が語りだすと同時に、キノが最終セッティングのスタンバイに移る。
「えー、ただ今より。今日この日にめでたく卒業する卒業生諸君の為に、ささやかなショーをご覧頂こうと思います。かくいう自分も卒業生なのですが、まぁ細かいことは気にしないで」
俺達の騒ぎを聞きつけた卒業生、来賓、教職員がぞろぞろと体育館から出てくる。生徒指導の小野山が猛ダッシュで俺達の方に走ってくるのが見えたがもう遅い。
「秦!いつでも良いぞ」
親指を立ててサムアップ(意味重複だが気にするな)するキノに俺もすかさずサムアップ。
「それでは!ド派手に最後を飾らせていただきます!」
……
…………
………………
……………………
「いやはや。粋でしたね秦さん」
「イナセだねぇ、キノさん」
キノの知り合いの花火師から出世払いで購入した20号の打ち上げ花火3発(大筒はレンタルで)を華麗に大空へ舞い上がらせ、俺達の『さらば青春。最後の最後まで無茶やっちゃうぞ作戦』は成功に終わった。
流石に免許も無い一般人の俺達が勝手に花火を打ち上げたことで、生徒指導室どころか警察まで駆けつける大騒ぎになったが、まぁ結果オーライという所だろう。
めでたく生徒指導室出勤通算100回も迎えられ、おまけに警察補導回数も44回という微妙な回数と相成った。
朝になってようやく警察署から開放された俺達は、二人で肩を並べて帰路に着く途中だった。
「まぁ最後にあれだけ騒げれば悔いは無いわ」
「んむ。良い最後だ」
特にこれといった会話も無く、俺とキノはしばし無言で歩いた。
アルバムには収まりきらないほどの思い出を刻んで、お互い感無量だった。会話なんて必要ない。むしろ言葉なんて物は無粋だ。
『寡黙に、そして背中で語るのが本当の男というもんだ』
相川翔さんが残した有名な言葉だ。……すまん、嘘だ。真に受けるな。
「んじゃ。俺はこっちだから」
いつもキノと落ち合う交差点で、俺は短く言葉を吐いた。
「あぁ。それじゃぁ……またな」
キノが珍しく言葉を詰まらせた。感慨に耽っているのだろうか?キノのくせに。
「おう。またな」
それだけで十分だ。別にこれで会えなくなるわけじゃない。今までみたいな馬鹿はもう出来ないけど、会うだけならいつでも会える。
そう。俺達は親友なんだ。そうだろ?キノ。
後日。余談ではあるが俺の就職するはずだったバイクショップに卒業式の一件がバレ「入社見送り」という内容の通知が来た。
キノはキノで、親父さんに勘当を言い渡され、家を放っぽり出されていた。現在俺の部屋で下宿中。
「いいオチが付いたな」
「……だな」
(いいわけ)
卒業式シーズンだったので適当に書き上げたいい加減なSSです。
タイトルのユースデイズ(Youth Days)はまんま青春の日という意味です。いいなぁ青春。あの頃に戻りたい……(遠い目)
ちなみに秦とキノ(木下)は高校時代の友人の名前から拝借。考えるのが面倒だったのです(汗)
勿論、こんな馬鹿な奴らじゃありませんでしたけどねw
(さらに一言)
ブログのデザインを変更しました。なんか小洒落たデザインで良いなと思いまして。
最初に選んだバイクはたまたま選んでいる時に目に留まっただけで深く考えていなかったもんでw