2019年12月5日
朝は早く起きて宿で朝食をいただきます。
服を着替えてネクタイを締めジャケットを羽織りビジネススタイルで宿を出る。
馬山駅からタクシーに乗り8時半に現地法人を訪ねる
短時間で挨拶だけ済ませて、あとにする
俺にとっては思い出の多い場所
ゆっくり建物内を回りたかったがお仕事の邪魔をするのは最小限にしました
寂しいですが、ここに来るのは最後となる
その後、知人の方々と一緒にテジョンへ
初めてくる街です
インターを下りると日韓ワールドカップの時に出来たサッカーの競技場がそびえたっています。
まずはテジョンに住む知人のオフィスへ行きました
そこからクロカン4WDに乗り換えてランチです
めちゃくちゃ寒いので、温かいうどんを食べました。
食後には公州市郊外の公山城(熊津城・公州山城・双樹山城)へ
百済の時代に熊津に首都があった時の城です
入り口の看板には日本語の案内は無い
韓国語と英語のみです
入り口は左側にチケット売り場があります
パンフレットも韓国語だけでしたが、スマホアプリで日本語の案内が出ます。
チケット売り場の反対側(入り口から見て左側)は工事中でした。
たぶんトイレや休憩所みたいな建物を作ってる様子
まずはスロープを歩いて門まで上がります。
行った事は無いが万里の長城みたいなイメージの城壁です
遊歩道が整備されていて錦川側に向いて登ります
錦川の風情が歴史浪漫を感じさせます
次に宋山里古墳群へ
武寧王陵、宋山里古墳群模型展示館、熊津百済歴史館と見学
扶蘇山城(プソサンソン)を観光に行きます
まずは船着き場から、遊覧船に乗って白馬江(ペンマガン)をクルージング
この川は錦江(クンガン)と同じらしい
本来7人以上で無いと運行してくれないらしいが、知人が地元の名士で特別に4人で貸し切り乗船
船内のアナウンスは日本語に変更してもらう。
ただ、音声が古いのか聞き取りにくい……
有名なのが、白村江(はくすきのえ)の戦い
663年に日本軍(倭國)42000人が援軍として百済と連合で唐・新羅連合軍と戦った戦
日本は大化の改新の時代……歴史の勉強をし直さないといけないです
この川の河口付近が古戦場となるらしい
遊覧船が進むとまもなく左側に大きな岩が見えます
あ……どの船着き場から乗るかによっては反対側になるかもしれません……
最初に行った船着き場は閉店?しており橋の反対側の船着き場から乗りましたので……
どちらが上流か下流かもわからない状態でした
落花岩(落下岩)と言うらしい
百済が滅亡する時に百済の家臣の女性(官女)たちが忠誠と節操を守るためにこの崖の上から約3000人が飛び降りたとの言い伝えがある断崖絶壁
チマチョゴリの花が落ちていく様子から落花岩と呼ばれる様になったとの事
約10分〜15分で船着き場の桟橋に接岸し遊覧船を降りて階段を登ります
崖の上にお堂がありました
皐蘭寺(コランサ)と言うらしい
菩薩像が三体ありました
蝋燭に火をつけてお線香を焚いて韓国式に参拝します。
正座して頭を前に下げ、両手を前に出して掌を上に向けて祷る
これを3回繰り返す
韓国Wの手持ちが少なく、日本円を賽銭箱のような箱に納めてきました
釣鐘堂もあり3回つかせてもらってきました
船着き場の桟橋へ戻り再び遊覧船で元の船着き場へ戻ります
しばらく車で移動して百済文化団地へ
ここはロッテグループがテーマパークとして百済の宮殿を再現してロッテ扶余リゾートホテルやロッテアウトレット扶余店が併設されている様子です
ただ復元ではなく再現したとの事なので、雰囲気は感じとれますがテーマパークとして見学しました
ぐるりと一周し池の真ん中の東屋(泡龍亭)にも入りました
めちゃくちゃデカいブランコがあり乗ってみたが、デカすぎて漕げない
季節によっていろんな花が咲き観光名所となっています。
夏場は睡蓮が綺麗で有名との事
しかし陽も暮れてくるし広過ぎるし寒すぎる
19時過ぎにテジョンの街に戻りホテルにチェックイン
はい。
昨日の宿は今夜は捨てました
馬山駅近くで4連泊で予約したが、違う街に泊まります
馬山の宿の部屋はキープされているはずだが、荷物はリュックひとつだけなので実質空にしてきてお客さんが入ったら泊めてあげてくださいとフロントには伝えてきた
キャンセルが効かない予約サイトだったので、仕方ない
再び食事をとりに街に繰り出すがめちゃくちゃ寒い
Siriに気温を聞くと−9℃
道路には融雪剤が撒き倒してある
美味しい豚肉と焼酎をいただきました
−10℃まで冷え込んだ公州の夜は飲みに行く気力さえ奪われます
暖かい部屋で快適に身体を休めました。














