朝の砂浜ランニングの後にファ○マに寄り、

下着やタオルなどを買いました。

(しめて1600円!!)


しかしながら明日1日助かりそうです。

世界的な金融危機が叫ばれる中、

やはり衣食住は生活の基盤なのですね。

個人差はありますが、一番耐えられそうな“衣”でさえ、

合宿で同じものを2日着るのは無理でした。


そんな“衣食”をつかさどる「コンビニ」はやっぱり素晴らしい!

というコンビニ世代どんぴしゃの僕。
その週のニュースを、お父さんたちのために総集する土日のワイドショー。

WBCの興奮をもう一度味わおうと楽しみにしていました。


しかしのんびりしたペースですね。

こういった番組はがっつりみるのではなく、

寝床や居間でゴロゴロしながらながめるのに適しています。

まさにお父さんの日曜の朝を支えるコンテンツです。

(そこまで計算して番組製作しているかは僕にはわかりません。)



ここで逆に考えてみる。

日曜朝のあの雰囲気のためにワイドショーがつくられているのではなく、

ワイドショーが日曜朝の雰囲気をつくりだしているとしたら、

日曜朝のお父さんの行動は必然性の集合であり、

世界をそのように動かしている誰か(何か)の意思が存在する。


そしてこの世界はそのなにかによってつくりだされた産物であり、

僕はそいつに向かって一言いいたい。


僕に1日分の着替えとタオルを恵んでください!

(27~31日が3泊4日かと思ってた)
ちょっと世代が変わるだけで、テンションについていくのが一苦労


無限に湧き出るボケの数々に、

ひとつ残らず処理していこうと奮闘する僕

大浴場で恒例の水泳大会

深夜に聞こえてくるポテチや週刊マガジンの音

……(全てその昔は自分らがやっていたことです)


体はボールの打ち返しで疲れ、心は絡みの切り返しで疲れ、

身体と精神のダブルパンチで初日からノックアウトされました。


しかし彼らは、あしたの朝にはケロっと練習に向かうのでしょう。

それは僕がすでに手放した能力。

人はさまざまなもの失いながら成長していくのですね。