「耳に一番残った〜」? | 僕の理屈

「耳に一番残った〜」?

某SNSで見かけたニュースヘッドライン。
「耳に一番残ったCMのフレーズ」(ttp://escala.jp/rank/2009/06/20cm.html)



記事の内容とは無関係なんだけど、
この「耳に一番残ったCMのフレーズ」という表現に違和感を感じる。


「耳に残る」というのが独立した慣用表現だと思うので、
その間に「一番」を入れるのはおかしいんじゃないか?
「一番耳に残った~」ならばしっくりくる。
(正確な知識がある人は教えてください)


基本的にはコミュニケーションは伝わればいいと思っているので、
個人的な付き合いの中での日本語の間違いや乱れなどに特に文句はない。
気になるとか不快に思うことはあるけどね。
それは本人が相手(俺)を選べてないというだけのことで別問題。


特に口語はその人の人間性や個性を表すもので、
正誤以上に優先されるべきかもしれないとすら思う。
特定の相手に、その特定の相手にしか通用しない言葉で話すようなこと(ギャル語やネットスラングなど)は、
全く非難の対象ではない。
(ただしその場にそぐわない発言、行為についてはその限りではない)

なにしろ俺自身が正しい日本語など喋れていない。
正しい日本語に重きを置いたら喋れないと思う。


「耳に一番残った~」というケースも、
意味は同じだし、いいたいことは伝わるのでその点はいいと思うけど、
それはあくまで一般人に対する容認であり、“まがりなりにも”プロであり、
個人のブログや日記といったものとは一線を画す規模で、
不特定多数に見られることを目的とした場で、どうなのかと。
こういう違和感を感じることが、最近は多い。


上の件に関しては日本語としての正誤については定かではないが、
明らかに「普及」という意味合いで「ふっきゅう」というアナウンサーもみたし、
プロはもうちょっとちゃんとしたほうがいいんじゃないかと思う。


ニュースヘッドラインや、広告コピー、音楽の歌詞など文字数やリズム、目的に、
一つの重要な価値があるものは、免責事由にはなりえると思うけど、
本文も同じである以上、これはそれにも当てはまらないし。


「あれ?これであっているんだっけ?」って思う表現を使おうとする時、
ネットで調べたりテレビでニュースキャスターが言っていた言葉であれば、
少し安心して使ったりするじゃないですか。
大衆にとって正誤の曖昧な表現について、
プロが公に晒しているものは一定の信頼の置けるものであって欲しいです。
未来の日本語のバランスの良い変化のためにも。


“まがりなりにも”ではなく“まがりなりにも”が正しいことを最近指摘されて、
強かに恥をかいたのであんまり偉そうな事はいえませんが、
この日記は「個人のブログや日記といった」もので、
俺は許される一般人なので全部許されます(笑)



以上
(逆転載2009/6/25 3:30)