あれから一年~秋葉原事件~ | 僕の理屈

あれから一年~秋葉原事件~

多方面で報道されているのだろうけど、
秋葉原事件から今日で1年です。

これと言って言いたいことがあるわけではないけど、
「これと言って言いたいことがあるわけではないけど書いておきたい」と思ったので書きます。
読みにくくなったらごめんなさい。



事件当初、まだ話の話題として新鮮だったころに、
何人かの知人から「どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・。」という言葉を聞いた。
俺は「どうしてこうなったか誰も真剣に考えなかったからだと思う。」と言った。

それまでだっていろいろな悲しい事件はあったけど、
世の中はすぐに忘れてしまうし、
当時のメディアは、銃刀法がどうしたとか、派遣がこうしたとか言っていた。
分り易い原因に当てはめてこの事件を消化しようとしてるようで、
到底真剣に考えているようには感じなかったから、
「誰も真剣に考えなかったから」と言ったんだと思う。
誰かがどこかで真剣に考えていても、
伝わってこなければ考えていないのと同じだと思っているし。


で、一年たった今どうだろうか?
真剣に考えて何とかしたかどうかは別にして、
明日にも同じような事件が起こってもおかしくない感じは、未だする。




事件前に加藤被告がネット掲示板に予告していて、
その前にも約1000回の書き込みをしていたと言うのは皆の知るところだと思うけど、
どういった内容かというところまで知ってる人は少ない。
メディアが報じたのは「彼女が出来ない」とか、
「派遣先でいじめにあった」という部分がほとんどだったと思う。


俺は全部とは言わないまでも、かなり詳細なところまで読んだけど、
基本的に本当に普通の人だと思った。
普通と言って差し支えない環境の中で育って生きてて、
俺だって同じように持っているような、普通の劣等感が書かれている。
当然に偏った価値観ではあるが個人差のレベル。

今確認したらまだ見れますね。
興味ある人はどうぞ→「加藤被告のものと見られる書き込み」


とても印象的だったのは、
事件の3日前の6月5日午前5時20分に書かれたこの書き込み。

「逆に、今はこんな状態だから彼女ができても困るんだけど
 迷惑かけまくりだし」


なんか普通の思いやりがこの時、事件の3日前にあったんだなと思った。
でも、事件の時は思いやりもくそもなく7人の人を殺した。
事実として、全然“普通の人”ではなくなった。


同時に、これがこの事件の一番怖いところだとも感じた。
酒鬼薔薇、宮崎勤らとは違う、普通の人だということ。
言い換えれば誰にでもある感情が、この事件を引き起こした。
同じような怒りや悲しみをもった誰かが、
同じような事件を起こしてもなんらおかしくない怖さ。


本当にもう少し何か違ったら、この事件は起こらなかったんだろうな。
フローチャートのように、人生の肢が幾百本も伸びた中の最悪の最悪の1本で、
どこかで一度でもプラスの側に進んでたらたどり着かなかったような。
ただし、同じ肢をもった人、またその肢の近くまで来ちゃってる人も多くいる。
0.01%だって1万人いれば誰かがそこへ行く。
確率じゃないけどさ。



全然関係ないけど、ある広告賞で「愛」と言うテーマを表現しろと言われ、
この事件を元に表現できないものかと考えたことがある。
「愛があったら」なんて短絡的な話ではないのはもちろんだけど、
足りなかったことの一つだと思ったから。



加藤被告は当然に死刑になるだろう。
でも、解決とは違う思う。



だいぶ脈絡なく書いてしまいました。
我ながら何が言いたいのか分らん。
見ようによっては加藤被告を擁護してるように見えるかもしれないが、
そんなことはないと念のため。
加藤は悪いよ、書くまでもなく。



以上


【過去の関連記事】
秋葉原通り魔事件①
あれから一年・・・(福知山線脱線事故)