なら新聞 | 僕の理屈

なら新聞


受験戦争のない国には、


本物の戦争があったりする。



2007年TCC賞
   西島知宏氏 奈良新聞社/創刊60周年記念啓発広告キャンペーン)


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好きなコピー。

突き詰めてしまうと、結局何が言いたいのかわからないけど(俺は)、

「そうだな」って思う。



受験戦争の是非は置いておいたとしても、

取りようによっては、一般論的にマイナスのイメージのある“受験戦争”を正当化する言葉ではある。



『昔は良かった。』的な発想を耳にするといつも疑問に思うことがある。

殆どのことは、そこに問題があると思って人間が変えてきたことのはずなのになぁ、って。



この国だって、受験戦争ってものが始まる以前は、ほぼもれなく殺しあっていたし、

字の読めない子供もたくさんいて、そのまま大人になることも珍しくなかった。

それどころか子供は売り物になってた時代だってあるし。



例えば、地域の繋がりについて語るとき、

「昔はご近所付き合いがあってよかった。」みたいな事を言うけど、

みんなそれが煩わしかったから今みたいになってるわけで、

それの持っていた良かったことばっかり語ろうとするのはどうなのかな。



受験戦争もそうで、子供を追い詰めたり親が馬鹿さを露呈したり、

いろいろギスギスしたものを生み出しているんだろうが、
その引き合いとして昔を出すのは何かちがくね?と思うわけです。

無論その受験戦争によって良くないことが事が起こっているなら、

良くなるように考えるのは必要だけど。


要するに人はいつだって現状に文句を言ってるな、ってことを思ったコピー。

良いだ、悪いだの折れ線グラフは、

上に下に振られながらそのうち収束していくんだと思う。

「人を殺してはいけない」ぐらいの事は、やっと最近収束してきた感じだろうか?

殺人はなくならないけど、殺人犯も知ってはいるだろう。

今、問題とされてることの多くが収束する頃には、

俺は死んでいると思う。





以上