悲しい出来事 | 僕の理屈

悲しい出来事

自分の中の、今年一番の悲しい出来事大賞ガクリが決定いたしました。



決定したけれど、決しておめでたくはないのだ。

だって悲しい出来事だもの。

エントリーがゼロというのがもっとも望ましい!!・・・そんな賞ですよ。




先日、姉が実家を後にして自宅に戻った。

これが何を意味するかというと、姪と俺とが別々に暮らすってこと。



泣く!!悔し泣き



いやいや、もともと姉夫婦の娘ですから、いずれはそうなることはわかっていたのだ。

俺が節々で「早く大きくなってくれないかなぁ・・・」と身勝手な願いをぼやいていたのもそのためでしょう。

でも、それを知ったのが決行の3日前とかでショックは倍増。



「ねーちゃんそりゃねぇよぉぉぉ!!」



と、絶叫してしまいました。

「はっ?はっ??はぁぁぁぁっ!?」ってなるよ、そりゃ・・・。


自分でもビックリするぐらい理のない文句を一通りぶつけてみるも、

帰るという決定は覆ることはなかった。

うん、当然だね。




まあ、諸々の事情を熟慮して冷静に考えてみれば、

そうしたほうがいいんだろうね。

そのうち一人で子育てしなきゃいけない時がくるし、

後に控える公園デビューに向けて近所の主婦との関係も築かなければならないだろう。



わかっている・・・。

わかってはいるのだ!!



でも、悲しい!!!



姪がウチからいなくなって数日が経つが、

胸の中の悲しさ寂しさはいっこうに治まることを知らず、

むしろ、ジワッ・・・ジワワッっと深まるばかりです。


彼女が生まれたばかりの頃は、

きっと“赤ん坊”というちょっとしたエンターテイメントだったとおもう。

末っ子の俺は近くで小さな子供に触れたことがなかったし、

産婦人科にお見舞いとか、テレビでよく見るような風景の中に自分がいるってことを、

自分目線で勝手に楽しんでいた感じ。


それが今や別れを強く悲しむほどの存在に変わった。

今まで全部同じに見えていた“赤ん坊の顔”も、

今は違う顔に見える。

きっと整然と並べられた多くの赤ん坊の中からも、

自分の姪ことを見つけ出せると思う。

笑った顔を鮮明に思い出せる。


人間というのは、生まれたときから、

こうやって誰かの中に自分の思い出を積み重ねながら生きてるんだなぁ。

姪は全然自覚してないでしょうが(笑)



離れてしまったのは悲しいけど、健やかに育ってほしいです。

何かできることがあればやります。

約2ヶ月間の楽しい時間をありがとうといいたいね。

別れが寂しいのは、その出会いが素敵だったからに違いない!

そう自分に言い聞かせて、元気を出そう!




次に姪に会えるのは正月かな?

「すぐじゃん!」と思った人はわかってない!!

赤ちゃんの三週間はリアル精神と時の部屋(ドラゴンボールより)です。

すごい育ってるんだろうなぁ・・・。

来年の一番の悲しい出来事大賞が、

新年早々“姪に忘れられて大泣きされる”にならないことを祈っています。




以上