ドラクエの世界 | 僕の理屈

ドラクエの世界

皆さん、ちょっとドラクエの世界地図を思い描いてみてください。

 

 

思い描けましたか?

何作目でもいいのですが、Ⅵ(シックス)より前の作品の方がいいかも。

8はやってないので、もしかすると今日の話が当てはまらないかもしれない。

俺はⅢが好きなので、Ⅲの上の世界にしてくれ(笑)

地球の世界地図にも似ているしね。

スタート地点はアリアハンです。

 

ドラクエの地図
 

頑張って思い描いてくれた人はごめんなさいm(_ _)m

画像があったので載せちゃった。

(懐かしすぎて、いい気分になりました☆)

 

 

細かい部分はいいとして、皆さん大体こんな感じの地図を思い浮かべたと思うんです。

でね、今度はこの地図を純粋想起的(深く考えず)に3次元の立体で思い浮かべて見てください。

 

 

 

・・・・・・・思い描けました??

それはどんな形をしてますか?

 

コレは憶測ですが、多くの人は、地球儀のような球体を思い浮かべたと思うんです。

俺も、そう思いました。どうでしょうか??

 

 

こんな謎かけをしているくらいだから、

それが正解じゃないというのはもう気付いてるかと思うんですけど、

今度は、地球の世界地図を思い浮かべて見てください。

そして、上にあるドラクエの地図の矢印に注目して比べてみてください。

同じ色の矢印同士がそれぞれのつながる部分です。

 

 

お気付きになられましたでしょうか?

ロシアから北方向に突き進んでも、オーストラリアには行けませんよね。

地図上をロシアから北方向に進んで、出てくるのは北極を越えて北アメリカ大陸ですよね。

つまり、あれが球体を四角く切れ目のない図面にしたものであり、

ドラクエの世界が球体ではないということがわかります。

 

この時点で、俺はマジでビビったけど、

じゃあ、どんな形なんでしょうか??

上に貼り付けた地図のそれぞれの矢印を、色毎に繋げてみてください。

ピンクはピンクと、青は青と・・・・。

 

 

ビビったでしょ(笑)

そうなんです、なんとなんと・・・

 

ドラクエの世界はドーナツ型なんです!!

 

しかも、上の図で左右の二辺を先に繋ぐパターンと、

上下の二辺を先に繋ぐパターンの二通りの世界があり得るらしいんです。

俺は絶句しました。

アリアハンの上空に見えるのは空でも宇宙(ガンダム的に“ソラ”と読もう)でもなく、

海とか大陸だったかもしれないってことです。

さらに、あの世界には昼と夜があったはずで、

太陽はいったいどういう軌道で、もう地球とは呼べない“あの世界”を回っていたのだろうか?

もう、むっちゃくちゃ!!

そりゃあホイミもメラも使えるわ!!

 

 

一人でめちゃくちゃ盛り上がってしまいました。

おもしれぇぇぇーーー!!

 

さあ、明日の学校、職場で盛り上がってください(笑)

 

 

※ちなみにこのような「物事のつながり具合を表現する概念」の学問を、

  数学的にはトポロジー、もしくは位相幾何学というそうです。

  その考え方でいくと、人間とコーヒーカップは同じ分類なんだと。

  「たけしのコマネチ大学◇数学科◇」という番組で、

  戸部アナウンサーがカンペを8回くらいチラ見しながら教えてくれました。

  もし、ドラクエの世界がドーナツ型ではなかった時の文句は、

  フジテレビに言うか、放っておいて挙げてください(笑)

 

 

∈今日の言葉∋

○純粋想起 【じゅんすいそうき】

・ある特定の事柄について、最初に思い浮かぶもの。

・また、深く考えなくとも、思い浮かんでくること。

 

コレは広辞苑とかの辞書を調べても載っていなかったので、

意味は勝手に作っちゃいましたが、大体こういう意味だと思います。

昨日の広告の授業で、講師の方が5回ぐらい言っていて気に入ったので、

さっそく本文中にも使ってひけらかしているわけです(笑)

若干、マーケッティングに関わる専門用語といえるかもしれませんが、

実生活でもガンガン使えると思ったので、今日はコレ。

例えば「サッカー日本代表の選手」といわれて、

パッと思い浮かぶ選手が、「純粋想起出来る選手」といえると思います。

また、多くの人に聞いてたくさんの人がすぐ思い浮かべるであろう、

中田選手、中村選手、宮本選手なんかは「純粋想起の高い選手」といえると思います。

で、「茂庭選手を知っていますか?」と聞かれて思い浮かぶことを助成想起というそうです。

言われてもわからない選手は、「言われてもわからない選手」といえると思います。

(ちゃんとした言葉があるかもしれないけど、そこまでいけなかった・・・。)

 

 

【例文】

「友達」と言われて純粋想起される人間は、私には一人としていない。もちろん知人や友人(私にとって「友達」と「友人」という言葉の間には、幾ばくかの差異が存在する)といわれた場合、何人かのそれに当たる人物の顔が浮かぶ。ただ、私にとっての友達という言葉は、どこかしら青臭い関係であり、いつからかお互いの利害が決して交わらないことが条件の一つになっており、それに伴い、友達という分類に含まれることが、ひどく狭き門に変わっていた。

逆に「恋人」と言われて純粋想起される人間は、過去を含めれば優に十指を超える。それと共に、かつて「恋人」と呼べる人間が、たった一人だった頃を思い出し、それがそうでなくなった時の出来事が、忌々しくも純粋に想起されるのだ。

 

 

以上