5月まとめ | 僕の理屈

5月まとめ

5月も終わったね。

今年の5月は、なにやら天気の優れない一ヶ月でしたね。

 

森田さんか木原さんかは忘れてしまったけど、

もともと5月は、雲ひとつない快晴の日が凄く少ないらしい。

「去年」か「平均」かも忘れてしてしまったけど、

快晴の日というのは2日しかないんだって。

それにしたって、どう考えても雨多すぎだろ。

 

 

僕自身の5月、特別かわったことはなかったけれど、

些細ないいことや、些細なイヤなことがバランスよくあって、

振り返ると、「人生」とか「日常」ってこういうものだよなぁ、と思う。

 

 

いつものように、目の前には何とかしないといけない問題があって、

単純に試行錯誤しながら、少しずつその問題を片付けたり、

「何とかすべきかどうか?」再度考えてみたり。

何とかしないといけない問題を、

延ばし延ばしにして、軽い自己嫌悪を感じたり、

「コレじゃいかん!!」と思って自身を鼓舞するも、

結局三日坊主になってしまったり。

自分のした事を誰かに褒めてもらって嬉しかったり、貶されて悔しかったり。

なんだかんだいって、いろんなことに迷って、

この五月で解決した問題で、自分は少し自分が思うようになれて、

解決できなかった問題を抱えて六月が始まった。

そんなひと月でした。

  

 

凄い良いこともあった。

例の講座に通いだして、人見知りの激しい僕にも、新しい友達がたくさん出来ました。

5月の頭に懇親会なる催しと、生徒主導の飲み会に参加して、

いろんな人と知り合うことが出来た。

これは本当にいいこと、そして嬉しい。

かなり幅広い人と知り合いになれて、学ぶことが多いです。

共通の目的を持った方々が、それぞれ全然違う畑から集まってきている。

刺激的でないはずがない!

講義自体も、依然相当面白い。

まだ知り合いになって間もない人ばかりなので、

「友達」というにはおこがましいかもしれないけど、

それ故、まだ始まったばかり。

これからが楽しみです。

31日の夜、講義が終わってからそこで知り合った2人と青山から代々木まで歩きました。

3人で、のべ20回くらい「気持ちいいねぇ~☆」って言ったと思います(笑)

 

 

 

毎月毎月こうやってひと月を振り返って、

そのたびに、「ここがダメ、あれがクソ」っていう自己嫌悪に陥ることが多いけど、

そう思う気持ちは、とても大事なことだと思う。

「もっとよくしたい」、「まだまだ出来ることがある」、そういう気持ちだ。

誰に自慢できるとかじゃないけど、少なくとも月頭には知らなかった、

「コペルニクス的転回」という言葉を覚えたし、「苦衷」という言葉を覚えた。

5月1日の僕よりは、6月1日の僕の方がちょっとイケてるな。

ちょっとずつやってくと、来年の6月1日の僕は、ハンパなくイケるんじゃないか?今に比べれば。

 

1ヶ月 × X ≒ 一生

 

6月もちょっと良くなろう。

 

 

 

∈今日の言葉∋

5月のテーマという事ではじめた「今日の言葉」ですが、

引き続き6月も続けていこうと思います。

誰からも、ほぼ何のレスポンスもねぇけど・・・・・・。

自分が楽しいので、とりあえず気にしない。

タイトル文字大きくしたけど、とりあえず気にしないで。

 

 

○カタルシス 【katharsis】

〔アリストテレスが「詩学」で展開した説。浄化・排泄の意〕

(1)文学作品などの鑑賞において、そこに展開される世界への感情移入が行われることで、日常生活の中で抑圧されていた感情が解放され、快感がもたらされること。特に悲劇のもたらす効果としてアリストテレスが説いた。浄化。

(2)精神分析で、無意識の層に抑圧されている心のしこりを外部に表出させることで症状を消失させる治療法。

通利療法。通痢効果。

※代償行為によって得られる満足を指す心理用語。

 

たまたまですが、続けざまに哲学がらみになってしまった・・・。

この解説を読んでも、正直よくわからなかったので、追っていろいろ調べてみたところ、

要するに「精神の浄化作用」の事で、今、一般化して使われる用法としては、

「心の中にあるわだかまりが何かのきっかけで一気に解消すること」ってことらしい。

「苦痛を吐き出して解消すること」程度の意味で使っても、差し支えはないっぽい。

 

小難しい言葉から理解しようとすると、ややこしいけど、

実生活や今までの人生の中で何度か体験していることなんじゃないかな?

「すっげー号泣したらなんかすっきり!!」みたいなね☆

 

 

【例文】

このような形で、私にとってのカタルシスが喚起されようとは・・・。なんと歪で、醜悪に満ちたことか。やはり、私をカタルシスに誘うタメの代償は、途方もなく大きく、そして気高かった。私の両の目から流れる涙は、喪ったと物を哀悼する涙であり、私の中に絶えず沈殿し続けてきた忌むべき収集物を、一気に流し出せた事への歓喜の涙であった。その二つは、私の顎先で混ざり合い、ポツポツと垂れ落ち、消えた。その果てに私の中に残ったものは、一切の淀みのない希望であった。何の影響も受けず、生れ落ちた赤ん坊の目に映る、まっさらの希望。ただの、何の変哲もない夕刻の曇った空が、私には未曾有の希望に満ちた、新世界のように映った。

 

 

以上