私の頭の中の・・・・ | 僕の理屈

私の頭の中の・・・・

先日、電車に乗っていたら45人の男子高校生の一団が、

7人がけの座席の前後2ブロックまで聞こえる程度の、若さ溢れる大声でトークしながら笑っていた。

 

僕は、彼らに程近い扉付近に立っていたのだけど、

僕の思考を妨害するに十分な音量で彼らは喋っているので、否応なく内容が聞こえてしまう。

しょうがないので、ものすごいアイデアにつながっただろう僕の思考はストップさせて、

彼らが話していた内容に耳を傾けてみた。

 

 

「私の消しゴムの中の頭!」

「私の頭の消しゴムの中!」

「私の消しゴムの頭の中!」

「中の消しゴムの私の頭!」

「消しゴムの中の私の頭!」

「消しゴムの頭の中の私!」

「頭の中の消しゴムの私!」

 

 

正直、笑いをこらえるのに必死でした。

 

要するに「私の頭の中の消しゴム」という映画のタイトルの、

「私」と「頭」と「中」と「消しゴム」を入れ替えて面白おかしく喋っていたんだけど、

聞きながら、それぞれを律儀に映像化していたら、面白くてしょうがなかった。

「『頭の中の消しゴムの私』ってぇぇ!!私=消しゴムなのぉ~!!むっひょぇぇ!!」っと、

つっこみドコロ満載のそのタイトルに、込み上げてくる笑いを必死で堪えていました。

 

ちょっとリアルに考えてみて?

例えば「私の消しゴムの頭の中」

 

 

 

 

・・・・・・・超メルヘン

 

・・・・・・・・・超メルヘン!!

 

なんと美しい博愛主義でしょうか!?

自分の持ち物である物質にすら心があると思い込み、

さらにはその頭の中、思考をも顧慮しようという思いやり!!!

 

あ、今僕ら世代の人はまじかる☆タルるーと君 が頭に浮かんだな、きっと。

ソードペンまじっくんで生命宿った消しゴム(ごむざえもん)が。

 

 

幸運にも、その男子高生たちの会話が、手詰まりで破綻する前に電車を降りた僕の帰り道は、

それはそれは素敵なものでした。

本来、再スタートすべき“ものすごいアイデアにつながっただろう思考”なんて完全に放棄して、

全24通りの組み合わせの中で、面白いものを見つける事で頭がいっぱい。

 

 

どうしようもなく暇で、本を広げるのも物怖じするような通勤電車の中や、

付き合いたての彼氏・彼女との会話が弾まない時、

なんとなく険悪なムードに陥ってしまって、笑顔で忘れたい時なんかに、

ダメもとで考えてみてください。

結局、24通りの中の多くは意味不明な文章になってしまうんだけど、

助詞を「は」とか「が」を併せる事で可能性は無限大です。

くだらないけど、結構愉快な気分になれます☆

ただし一人でやるのはあんまりおすすめしません!

危ない人になっちゃうからね。

 

面白いの出来たら募集中☆

 

 

本当は「電車内で喋ることの是非」を多角的視点で考察しようと思ったのに・・・・。

まあいいか!!

 

 

※どういうわけか、今回は一人称が『僕』だけど、特に意味はありません。

 

 

∈今日の言葉∋

○コペルニクス的転回 【-てきてんかい】

思想や考え方を180度逆転させるときに使う哲学用語。

コペルニクスが、それまで常識とされていた天動説に対して地動説を唱えたことから、

カントが自分の認識論でおこった事業を特徴付けた言葉。

 

今回は少し趣向を変えて哲学用語などを。

これも会話などの中で、かなり使えるんじゃないでしょうか?

こういう歴史的事実が絡んで、意味を持つ言葉って面白い!!

もしかすると座右の銘に成りかねない。

180度逆転」ということは、マイナスがプラスになることだからね。

 

今回は、例文にいく前に「コペルニクス的転回」の事例を考えてみようと思います!

ぶっちゃけ正しい使い方を出来ているか微妙だけど、れっつごー。

 

 

「うわぁ~、タバコ見つかって停学喰らっちゃったよ~」

              コペルニクス的転回

   「学校公認でサボれるなんてラッキー」 

   (※↑これはこの言葉を知った小説の中からの引用。つまりパクリ)

 

 

「あぁ~、俺は取り返しの付かないことをしてしまった~」

               コペルニクス的転回

 「取り返しつかないんだから、悩んだり迷ったりする必要ないかぁ~!」

 

 

「俺って毎日何やってるんだろうなぁ。最低な日々送ってるなぁ~・・・。」

                   コペルニクス的転回

 「今の生活が最低なんだから、この先上がっていくしかないかぁ!」

 

「やった~!!遂にオリコン1位になったぞー!!」

              コペルニクス的転回

 「あぁ・・・、1位になったけど次10位にも入れなかったらどうしよう・・・」

 

 

使い方正しいか、かなり不安だけど、多分こんな感じ☆

出来るだけいいほうのコペルニクス的転回をして、前向きに生きていきたいもんですね。

 
 

【例文】

私が出会ったその青年(青年といっても私より二つ三つ若い程度だが)は、コペルニクス的転回の達人とでも言おうか、とにかくあらゆることに前向きであった。あらゆる負の感情を、全て正に変える力を持っていた。こんな言い方をすると、ただの白痴のように聞こえるが、そうではない。確かに、単純な楽観思想は誰にでも出来る。ただ、口をあんぐりと空けて、直視すべき問題に思考を巡らさなければいいのだ。

青年は直視していた。見ずともすみそうな細部にまで、思考を巡らせ、全ての事象を把握した上で、理路整然と、気恥ずかしくなるほど前向きな発言をし、落胆した人間を奮起させ、さめざめと泣く女の涙を笑みに変えていた。私が始めてその光景、才能とも言うべきその技を見た時、妙な親近感をおぼえたのを覚えている。私は、彼の織り成すロジックの全てに、私の中に流れる理念や倫理観と相通ずるモノを感じていた。ただ、私が負であり、彼が正だという決定的な違いを除けばである。全てが聡く、片側(この場合正の観点)から見ると非の打ち所のない理論を、私など遥かに及ばない饒舌さで話している青年を見て、私は不思議でならなくなった。賢明な彼は、否応なく負の部分を覗いているに違いないのに、何故ああも前向きでいられるのか?見えてしまった負の部分を、どのように封殺しているのか?そして何故これほど饒舌に、前向きな発言ができるのか?その謎は、程無くして解けることになる。コペルニクス的転回の達人は、正に転じた思想を再び負に舞い戻させてしまうほどの業を、とうに身につけてしまっていたのだ・・・。

 

 

以上