万寿子さんの庭/黒野 伸一
¥1,470
Amazon.co.jp


 「あーわかるわかる!」がいたるところに詰め込まれた物語。

 主人公は社会人になったばかりの女性。東京に不動産会社に勤めらがら、給料や待遇に不満はないけど「私がやりたいのはこれだったのかなぁ」という不安を抱えている。でもだからって辞めてどうするの? じゃぁやりがいのある仕事って何よ? といかにも私たち世代がもつある種「贅沢な悩み」をしながら、しかし待遇の良い勤め先に甘えている。

 また彼女はより目を気にし、奥手で恋愛もヘタ。物語内でもせっかくいい雰囲気にタイミングを逃して始まる前に恋を終えてしまったり・・・とにかく、「あーいるなぁ、こんな人」というごく普通の女性だった。

 万寿子さんはその彼女の近くに住むおばあさん。この小説は二人の交友を描いたほのぼのトした物語なのだが、ときおり万寿子さんの経験した戦争の話、一人暮らしの老人と世間の関係など簡単に答えは出ない問題も含ませている。


 ただあくまでこれは将来に悩む女性の物語。彼女は最後、万寿子さんとの出会いを経て、自分の悩みに対し一つの答えを出す――つまるところ、「やりがい」を選ぶのだ。

 万寿子さんとのやり取りの中で興味を持ち始めた植物の世話。「これなら」と思った彼女は会社を辞め、ホームセンターにアルバイトとして働き始める。もちろん給料も待遇もぐっと悪くなるわけだが、彼女は前向きな決断を下し、物語はそこで終わる。

 私はそこに対しては「あーわかるわかる!」とはならなかった。
 万寿子さんとの関係をつくっていくうちで、花に興味を持っていく過程は分かる。自分の今のあやふやな状況を悩む気持ちもわかる。でも「今の安定した状況を蹴って別のところに行く」きっかけになる部分がいまいち見当たらなかったのだ。「なやむなぁ」「どうしようもないなぁ」とぼんやり俯く主人公が、何に吹っ切れたのか急に職を変える。それに対する違和感が、どうにも私には拭えなかった。せっかく「エリートと結婚して一緒にパリに行く」という可能性もあったのに、それに対してなんの未練もないこともひっかかる。

 それまでの「ぐずぐずと悩む感じ」が共感できたため、あまりにも爽やかな終わり方に首をかしげてしまった。





 ただ、この結末がハッピーエンドに感じられるかどうかは、今の自分の状況にけっこう依存するだろうなぁ

 若者の「安定志向」や「個人主義」にメスを入れてるから(若い女性がおばあちゃうを助けるのを爽やかにきれいに書ききっているわけだし)

 どうしても反抗心を持ってしまう自分がいる。

 だから今の私はこの作者にとって「近ごろの若者は…(ため息)」といわれる対象なんだろうなぁっていうのは痛いほど伝わってきた物語でした。