こんにちは!宇宙人foxちゃんです

 

今回は「好かれようとしないほど好かれる理由」がテーマ

 

 

結論。

 

好かれようとするほど、嫌われる、避けられる、好かれない。

 

逆に、好かれようとしない、良い意味でどうでもいいや、と思っているほど、意外と好かれる。

 

 

この理由、分かりますか?尚、その根拠の一つとして、例えば、私のX(Twitter)のフォロワーさんも、お陰様で3.8万人超、どんどん拡大しております。本当にありがたい限りです。楽しくSNSをやっています。

 

 

まさに、好かれようとしないほど好かれる理由にも通じるのですが、先日、リプライで、フォロワー様から「foxちゃん大好き」というありがたいお言葉を頂きまして。嬉しいと共に、ああ、そういうことだよな、と改めて思った次第。

 

 

ポイントは期待していないこと。誰かに何かを期待していない。自分のことを良く思って貰おうとか、何かをしたから何かを期待してしまう、とかもしていない。かっこつけたり、背伸びしたり、それも皆無。完璧な自分を演じるとかも、まぁ1億%しないですね。そうそう、SNSでフォローバックという仕組みありますよね。フォローしてくれた人をフォローし返す。あれ、個人的にはやっていないです。

 

 

だから、フォローバックを期待していた人は、やがてフォローを外す人も少なくないかもしれない。自分自身がフォローしたい人、興味がある人、繋がりたい人をフォローする。自分が思ったこと、感じたこと、受信したメッセージ、伝えたいことを、発信する。そして、繋がりたい人と交流する。

 

それ以上でもそれ以下でもないのではないか、と。

 

 

誰かから、いいね!と言って貰えるのは、それは嬉しいですし、少なくとも不愉快にはならない。逆に、誰かから酷評されたり、バッドとされても、それは、その人の好みに合わなかっただけとも感じます。例えば、私は納豆と梅干が好きなのですが、外国人に、納豆と梅干を酷評されても、特に自分自身の納豆と梅干が好きな感性、味覚について揺らぐことは1ミリもない。これは自分軸ににも通じますね。

 

 

好かれようとしないほど好かれる理由、とは、期待をせずに、執着をしない。だからこそ、結果的にそのキャラを好きだなと思う人が生まれることで、万人受けしないかもですが、ある、一定数の人からは、いいね!と言って頂ける。そんな現象に繋がるのかも。

 

 

執着を手放すとは、期待値0で生きる。誰かに期待しない。何かに期待しない。だからこそ、傷つかない。と、やんわりと思った点をシェアします。

 

 

以上、好かれようとしないほど好かれる理由でした。

 

 

ありがとうございます。感謝!

 

宇宙人foxちゃん

 

 

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