別に今更話題にする事でも無いが。ちょいと思いついたので。

 

何千年前が起源かは知らんが、売春は最古の職業のひとつだそうだ。男の目線から言わせてもらえば、間違いなく「売ってくれ」と男が言いだしたのが始まりだと思う。根拠は、男だから。

 

売春の善悪は、正直よくわからない。昔付き合っていた女性が援助交際をしており、その影響でその辺の倫理観が少しイカれてしまったので。

法律的には悪とされているが、法を度外視したら別に悪というわけでも無いのではないか。需要と供給があり、双方納得いく金銭の授受があれば立派な商売なのでは?本当にやってはいけない事ならば、そういう店が存在するはずがない。

 

そもそも風俗に行ったりAVを観たり、1度でも性産業を利用した事がある者は、悪だと断じる権利なぞ1ピコグラム足りとも、無い。それが私の持論である。

 

売春が悪なら、売る者買う者双方悪であるはずなのだが、割と買う方のみ悪とされる事が多いのはなぜなのか。そして売っといて「買われた」は無いでしょ、と。そこに対して炎上じみた騒ぎになっていたように思う。

 

で、本題。

私は24歳から39歳まで、超絶ブラック企業に勤めていた。万人から嫌われていた社長、6週間休み無し、残業月250時間、ボーナスほぼゼロ等々。ブラックぷりは枚挙に暇がない。そんな闇の結社を辞めてからもうすぐ5年経つが、まだまだ鮮度の良い愚痴が出るわ出るわ。

 

このように。在籍中も、辞めてからも、ずっと悪く言ってきた。別に鎖で繋がれていたわけじゃあない。いつでも辞められたのに。それでも辞めずに自らの意思で勤め続けていたクセに、給料にちゃんと納得してたクセに、果たしてあの会社を悪く言う権利が私にあるのか?と。最近ふと思ったのだ。

どんなに私が酷い目に遭ったと声高に語ったところで「もっと早く辞めれば良かったのに。他に仕事たくさんあったでしょ。」と言われたら、二の句が継げなくなる。

 

何が言いたいかと言うと「買われた」と称する人達も、昔の仕事の愚痴を言う私も、大差無い気がするって事。

 

「買われた」という言葉さえ使わなければ印象も結果も違ったんだろうか。

しかも本来は只の売春じゃなくて児童買春がテーマなんでしょ?被害者面したことに対して燃え上がっていただけで、最早誰もそこに目を向けてなかったように見えた。

 

言葉は難しい。どんな意図が有ろうとも、聞き手読み手の受け取り方次第なのだから。

ちなみに闇の結社を辞めたのは、クソ社長に意見を曲解されたせいだからな。これからもボロクソ言ってやる。未だに腹立つってすげぇな。