今日、仕事でオレの新たな現場を聞かされたのさ。
そこはこの仕事において、日本で最も忙しい所。
言ってみれば戦場。
一介の傭兵が、今まで村の自警団に手を貸しながらのんびり暮らしてた。
それが突然、王国騎士団として祖国を守る戦の最前線へ行けとお達しが下ったような話。
でもその傭兵は、それを断ったのさ。
しかも、
「いえ、滅相もございません。そのような大役、私などにはとても恐れ多く…」
…なんて断り方じゃない。
「たしかにオレは傭兵だ。だが、いくら金を積まれたとて王の身より自分の身が可愛い。」
…っていう断り方をしたんだよね。
しかもその裏では、かつての自警団からも戻ってほしいとの声がかかっていて。
傭兵は、実は、その村の方へ戻ろうとしてたんだよね。
でもそれも、けっして村への義理でも情でもない。まして、金でも。
かつての安息が恋しかっただけ。
その傭兵が、オレ。
客観的に見ても、とてもかっこいいとは言えない。
だって、どちらもオレの力を頼って声をかけてくれたのに、そのどちらの義にも応えずに保身を優先したんだぜ?
兵としちゃ、こんなに使いづらいのもいないだろ。
それでも、オレはそんなオレが好きだ。
だって、そんな今日もオレは自分を貫いた。
思い返せば高校入った辺りから始まってた、人生のテーマ。
「楽して楽しく」
これはけっして、「不労所得を得て働かず暮らしたい」って意味ではなく。
「苦を感じずに、楽しいことだけできたらいいな」
ってこと。
完全にするにはなかなか難しいけど、それでも今まで大体そんな生き方だったと思う。
よく、「頑張ってる人は素敵」と言うけど、それもどうなのと。
たしかに、夢へ向かって越えなければいけない壁を越えるために頑張ってる人は、すごくかっこいいし心から尊敬する。
でも、ただ闇雲に忙しく生きてる人も頑張ってると言われてる。
闇雲に苦難を耐え続けることも、はたして頑張ってると言えるんだろうかね?
それとも、
無理してる=頑張ってる
こういう事でいいのかね?
そりゃ最前線張って命を削る思いもしてりゃ、王様は褒めてくれるかもしれないし、金だってはずむだろうさ。
………で?
道も見えないのにただ自分を擦り減らして、自分を捨てて手に入れる恩賞?
それが後々価値のあるものになるという保証もないし。
何よりその時オレがオレじゃなくなってるんじゃ、何の意味もないと思うんだ。
「その苦難を耐え抜いたら、きっと報われる。」
いや、受験生じゃあるまいし。
だいたい「今まで楽してきたんだから」とか、ただのこじつけだろ。
今さら何を無理して変わる必要がある?
誰が決めた?オレが決めちゃいけないのか?
変わったら偉いのか?偉い事はすごい事なのか?
そんな自問自答、必要ないよ。
もし万が一変革を求められる時が来たら、それがその時だという事は自分で決める。
それまでは、曲げない。
オレは、変わりたくないもの。
今までのオレ、今のオレがこれからのオレであればそれでいいもの。
だからオレは今日みたいに逃げるし、組織を裏切る事もする。
多分、これからもそうだと思う。
オレは自分を見失いたくない。
かっこいい悪いは関係ない。
正直に生きる。
それでいいだろ、オレ。
長々と見苦しい文章を、失礼しました。
それじゃ最後に一言。
な~~~んちゃって☆
なんだよそれ!
そんな言葉で全て冗談として打ち消せる効果ねーから!
…え!?
あんの!!?
あるみたいです。
