さて、歳時記にはこんな青葉風の句が載っていました。
青葉風乳匂う子の大あくび
渡部郁子
なんとものどかで、平穏な気分にさせてくれる句です。
生気に満ちた青葉を吹き抜ける風と、生命力に溢れる赤ちゃんの取り合わせがいいですね。
句全体に輝きを感じられます。
影までも睦まじきこと紋黄蝶
影までも睦まじきこと紋黄蝶
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/19/mukuno-hosomichi/4c/95/j/o0640048015434805816.jpg?caw=800)
その影は、とても仲が良さそうに飛んでいました。
歳時記には多くの蝶の句が載っていますが、その中で私が好きなのはこちらです。
方丈の大庇より春の蝶
高野素十
大きな庇から飛んできた小さな蝶。
どっしりと動かない庇と軽やかな蝶。
対比がとても鮮やかで、景色が目に浮かびます。
ネットで調べると、この句は石庭で有名な竜安寺で詠まれたものだそうです。
あの静かな枯山水の庭に蝶が飛んできたら、とても生き生きと見えるでしょうね。
単に「蝶」と言うだけで春の蝶を指すのに、あえて句の中で「春の蝶」と表現するのはどうしてなのか気になりました。
夏の大きくて華やかな蝶ではなく、春の小さな蝶だと強調したかったのでしょうか。
いずれにしても、とてもきれいな句です。
通し鴨野花へ注ぐ目の優し
通し鴨野花へ注ぐ目の優し
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/19/mukuno-hosomichi/0c/74/j/o0640048015434805818.jpg?caw=800)
個人的感覚では、俳句で安易に「優し」という言葉を使わない方がいい気がするのですが、この句の場合、他にどう表現していいか分かりませんでした。
ところで、歳時記でこんな句を見つけました。
千代田区をとぶは皇居の通し鴨
小野草葉子
面白い句ですね。
千代田区を飛んでいる鴨は皇居の通し鴨だと言い切っています。
留鳥ではない鴨もきっといるはずですが。
こんなふうに言い切る句も、私は好きです。
白き蛾の箒へ散りしもろさかな
白き蛾の箒へ散りしもろさかな
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/19/mukuno-hosomichi/d6/fa/j/o0640048015434805819.jpg?caw=800)
歳時記を見て初めて知ったのですが、蛾は、火取虫とも言うそうですね。
俳句を学んでいると、初めて出会う言葉がたくさんあります。
そんな火取虫の句で、気になった句はこちら。
しまひ湯のひとりの心火取虫
兼間靖子
家族みんなが入り終えた湯船に最後に入る作者。
一人であれこれ考えていると、風呂場の灯りに誘われて蛾がやってきた。
そんな光景でしょうか。
一人の作者と、一匹のひとり虫。
ひょっとしたら、お互いに寂しさを抱えているのかもしれません。
暖かなお風呂と暖かな光に、「ひとり」同士で、ひとときの安らぎを感じているのかもしれません。
火取虫を一人と合わせる使い方もあるんだなと思いました。
真清水やためらひのなき芭蕉の手
真清水やためらひのなき芭蕉の手
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/19/mukuno-hosomichi/5a/2c/p/o0126062115434805822.png?caw=800)
きれいに澄んだ水や、涼しげな川の音、カニの感触。
そういったものが直接感じ取れるかのような句です。
きれいですね。
先日の「NHK俳句」では、取り合わせについて特集されていました。