小説
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不安

Aは朝から(正確にいうと起きたのは12時過ぎだが)ひたひたと波が来るような不安感におそわれる。
これは病気でない人間にも起こる現象なのか?
4年も病気をしてるから、病気になる前の精神状態が思いだせない。
病気になる前も普通の人間とは言い難かったが。
Aは子供の頃から普通の人間になりたかった。
友達が面白そうに話している会話が全く面白くなかった。
ずっと疎外感を感じていた。
けれど、その疎外感を表現する術を知らなかった。
帰る場所もなかった。
血のつながったいわゆる家族と呼ばれる人たちと暮らしている家はあったが、そこは一番逃避したい場所だった。
Aはなぜ自分が生きているのかわからなかった。
親たちを喜ばすこともできず、姉の人生に失望感を与え、幼少の頃から付き合ってきた友人の人生を変えてしまった。
動物でも植物でも生きていくには最低限の能力が必要だ。
それが備わっていないものは淘汰されていく。
人間もそうあるべきなのではないか。
欠陥があり社会に適応できなくなったら淘汰されるべきではないか。
これは自分自身を殺すための言い訳。
けれど、生きようとしている人たちにもあてはまってしまうから、この言い訳を心に思い浮かべたあとは悲しくなってしまうのです。
誰も否定されてもいい人間はいない。

はじまりは

寝転びながら長いあいだ本を読んでいたので小説を書こうと思う。
主人公は誰にしようか。
仮にAとしよう。

Aは今日は友人と夕方から会う約束があったが、明け方まで本を読み、買ったばかりのルービックキューブを完成させるために練習をしてから寝たら、調子が悪くなったので出かけるのをやめた。
ちなみに読んだ本は千原ジュニアの『14歳』と中島らもの『心が雨漏りする日には』。
Aは4年前から鬱病を患っているが、最近読んだ本で自分が双極2型と呼ばれる軽い躁病を含んだ躁鬱病に当てはまることを知り、主治医の診断もそうだったので、躁鬱病がどういうものかを知るために、躁鬱病を患っていた作家の著作を何冊か購入して読み始めたところだった。
あ、千原ジュニアは躁鬱病ではありません。
昔からAが好きな芸人で最近愛しはじめた人がジュニアをカリスマと書いていたので気になったので、買ってみた。
しかし、昨日の夜から3冊本を読んだが一番衝撃的で共感した。
同じ思いを感じたことはなくても、その人の思いが強ければ共感できるんだということを知った。
昼食のときに母親の生首を持って自首した少年についてワイドショーでやっていたが少年の心理について好き勝手いうコメンテーター全員に腹がたった。
心の中で起きている戦争は一言で語れるようなものじゃないんだ。
本物の戦場で起きていることがそこに行ったことがない人には全く生のものとして伝わらないように、心の戦争はその心を生で体験している本人にしかわからない。
けれど、もしその少年が『14歳』を読んでいたら、わけのわからないものと戦っているのは独りじゃないんだと思えたかもしれない。
心の戦争は一人をお笑いへと導き、一人を母親殺しへと導いた。
Aは何処へ行くのだろう。