ピョンコマ | ヨンさまブログ

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とある焼肉屋のおやじです。

世界中の焼肉ファンの皆さん
お元気ですか?
下北沢焼肉JUNのヨン様です、

ウリハッキョ卒業生なら
間違いなく皆んなが愛して止まない
ピョンコマ、
「ピョンヤン学生少年芸術団」



1978年に初めて日本にやって来て、
その愛くるしさ、技量の高さ、
遠い「祖国」からはるばるやって来た
小さな同胞達に私達は驚きと共に魅了された、というより、まさに完全にノックアウト、
(画像は全て1983年の第二次日本公演から)

オープニングの合唱から凄かった、


木琴叩きながらの、あのリズムの取り方、斬新だった、

「명절의 아침(祝日の朝)」
現在でも定番、鏡の演技が素晴らしい!
後のソウル公演よりこっちがいい、
大盛況だったソウル公演の演技者達は年令が若干高かった気が、


「우리마을에 풍년이 왔어요(村は豊年)」

子供達の農楽が上手すぎて鳥肌が、、、


「가면무 밤나무 동산(仮面舞踊 栗の木の丘)」
個人的に一番好き
🎵서로서로 로동을 사랑해가며~
언제나 나라의 덕되감으로~
この曲が👍



「체육무용
즐거운 등산야영(体操舞踊 楽しい登山キャンプ)
第二次の目玉演目、
圧巻の演技!




ピョンコマの演技が現在のウリハッキョの演芸科目の基本になっている、


司会の少女達
右側の子は在日、
当時、最も有名なウリハッキョの生徒であった、
何故か?
全国のウリハッキョ関係者が何度も何度も録画を繰り返し観たから、
「冬になると朝鮮の子供達は~」の彼女のセリフは当時総連系の同胞の間では最も有名なセリフでした、

朝大四年の修学旅行の「祖国訪問」、
横浜港から元山港まで
マンギョンボン号で7泊8日
船内でそれこそ全員が毎日ピョンコマの録画を観ても飽きなかった、
それくらい人気があった、


当時、その司会の少女は故ハン ドクス議長の姪っ子さんで東京第四の生徒という噂があったが本当かしら?

何故ピョンコマかって?

よく児童虐待だっていう人いるけど

夏の甲子園が始まる度に思う、

まさに、究極の大人の事情によるですね、
児童虐待なワケでありましてですね、早急な改善策が求められるワケでありましてですね、

近年のこの猛暑、事故が起きないのが不思議



でもね、僕らの少年時代、

熱中症?ハア?そんなのありませんでしたから、

つーか最近、日射病って聞かないけど、絶滅?

まあ、私はいつもストロベリーちゃんに熱中症だけどね、、、