今年の春、息子が大学3年になった
パンデミックは収束したようなしていないような状態だが、大学はハイブリッド型で進行中
息子は1教科を除いて全て対面式を選択
これまで朝ギリギリ寝ていた朝の弱い息子にとって、10時過ぎとはいえ、朝から授業というのは結構厳しい
生活リズムが変わって2か月半…ようやく慣れてきたようではあるが、大学内でも一番ハードな学部に進学したため大変そうだ
そんな息子を後目に私は片付けを再開した
以前から少しずつ『断捨離』たるものを行っていた
しかし、いくら不要なものとお別れしても片付いた気がしない
とはいえ、某断捨離番組に出てくるようなゴミ屋敷的な状態ではない
以前はいきなり人が来るとなると構えていたが、今はいつ来ても別に恥ずかしくもない
ただ
納得がいかない
俯瞰的に見る為、スマホのカメラを通して部屋の写真をとってみる
片付いてはいるが、魅力的とは言えない
つまり、自分の納得のいく空間ではないということ
ここ数か月、片付け・断捨離・ミニマリスト的な動画を見てきた
嫌というほどいろいろ頭に入り、結局いきついたのは、”自分にとっての上がる空間づくり”
人が不要と思っても使用していたりそれがあるとアガルならおいておくのがいい
心地よい空間を目指して絶賛片付け中だが、まだ6合目といった感じか
たとえば、大切な友人からいただいたフォトフレーム
そこに入る息子の入学式の写真
しっくりこない
正直、趣味じゃないんだな
大切な友人との思い出と息子の入学式の思い出…
対策として、
①趣味じゃないならフォトフレームを変えればいいのではないか
②そもそもフォトフレームなどおく必要があるのか
私の定位置から見えるその息子の視線が問いかける
そうか。
これが執着か…
執着?
大切に思うもの=執着?
だけど、気になることが少しでもあるのならそれはやはり執着か
断捨離の第一人者の方が言っていた『執着』
捨てれば楽になるのかな…
と思いながらもう数か月…さてどうしよう…