このブログを開設してからちょうど5年ほど経ったようです。
いやほんと驚いたのが、今年もぜんぜんブログ書いてなくて今すごく久しぶりに
なんとなく開いたらほぼちょうど5年目だったっていう。
それが、去年の4周年目に書いた記事も「たまたま半年ぶりにブログを書こうとしたらちょうど4年目だった」とか
書いてるんです。
僕の中では結構すごい偶然なんですけどどうでもいいですね。
買い物をしたら財布の中に入っていた大量の小銭がちょうど全滅した時ってうれしくて
つい人にしゃべったりしちゃいますけど小銭全滅の話って他の人からしたら死ぬほどどうでもいいですね。
たまたま5年目にこのページをひらいてしまったもんだから
なにか書かなくては、というテンションになってしまったんだけど
さっき麦とホップ飲んだから眠いし面倒だしもう寝よう。
カスほどどうでもいい記事になってしまったけど
「2016年7月9日に俺は麦とホップを飲んでいた」
その事実をここに刻むことが大事なんだ。
本日は2015年最後の日。今年は自分にとってすごく特殊な1年でした。
またえらく長い記事になりますが、今まで更新サボっていたのと
それだけ濃密な1年で書きたいことが多すぎたということで。
俺は今年、ひたすらRPGを作っていました。
一日たりとも制作中のRPGのことを考えない日はありませんでした。
いつだか、「2015年はRPGツクール2000でRPGを作る」といった目標を掲げ、
年内のゲーム完成は間に合わなかったものの現在進行形でその目標を達成することができ、
年末年始で実家に帰省中の今ですらRPGの事で頭がいっぱいな程です。
やはり俺は心の底から創作活動や、何か変な発想を生むことが大好きなようです。
俺の中で、RPGツクール2000でRPGを作るということは
自分の今までの人生で行ってきた創作活動の集大成なのです。
自身でキャラクターの名前やデザインを考えて自分でそのイラストを描いたり
シナリオやセリフ、演出を考えたり。
そしてここには、俺の人生の中で得たものや影響を受けたもの。その、「大好きなもの」が
沢山詰まっているのです。
自分はプロではないし、あくまで趣味の一環として捉えられるかもしれないけど
俺にとって本当に最大の誇りを持ってやっている事なのです。
趣味に没頭できる自分を好きになれた1年でした。
そんなわけでとにかくRPGを作っていたので
もし自分の漢字一文字を決めるとしたら「創」とかかなーと思っていたんですが、
「縁」としました。
俺は今年、ネットの世界に生きていました。要はネト充でした。
色々なきっかけがあって、主にニコニコ動画を通じて人脈が広がり、自分のことを知る人も増え、
スカイプのコンタクトも40人近く増えました。ネットでの活動が楽しすぎた1年でした。
そういう意味で特殊な1年間だったのです。なんか、家にいるほうが楽しいという。
元来俺は極度のさびしがり屋で、去年までの俺はとにかく
独りで家にいる時間がつらくて、無理矢理でも遊びに行ったり予定を作ったりして
月に一度は飲み会に行ったりしてないと「俺ってさびしいやつだなあ」と
へこんでしまうような奴でした。
それが今は逆で、もう外に出るのがめんどくさくて、むしろ外に出るほうが寂しいみたいな。
完全に真逆の思考回路に移行していたのです。
さすがに友達の誘いを断ったりとかはしないけど、自分から遊びに誘ったりは殆どせず
かなりひきこもってました。そしてひきこもりなのに明るいという。
俺は今の自分ことを「アクティブなひきこもり」と称しています。
自分の部屋にいるときのほうが面白いことがたくさんできて、活発に動いているのです。
RPGをつくったり、みんなでゲームをしたり、スカイプで通話したり・・・
常に誰かと繋がっていられるのは今の時代ならではでしょう。
こういうライフスタイルに対して冷ややかな目で見る人もいるかもしれないけど
なんと言われようと楽しいから歯牙にもかけません。
そもそも今はこういった生き方に偏見を持つ人も減ってきてるかもしれないですね。
そして「縁」。
実はRPGを作ろうと思い立ったとき、自分ひとりではどうしても無理なのではないかという壁に
早くもぶち当たる点がいくつかあって、正直かなり先行き不安だったのです。
でも、色んなきっかけやタイミングが重なって、最高のスタッフを見つけることができたのでした。
RPG制作は俺一人ではなく、「せの」さんという方と俺とでスタッフ2人で作っています。
せのさんにはドットや背景など、グラフィックデザインなどを担当してもらっているのですが
スタッフになってもらったきっかけは、その時自分の動画のいち視聴者だったせのさんが
「ためしに作ってみました」と、俺の描いたキャラをドット絵で描いたものをメールで下さって、
その時に「この人だ」と思ってスタッフになってくださいと俺が誘ったのが始まりでした。
思えば、最初はスタッフなど募集せず一人でRPGを作ろうとしていたのです。
今になってみると本当に無謀だし浅はかでした。
せのさんは素晴らしいデザインセンスを持っている人で俺のやりたいこともすごく理解してくださり、
この人がいなかったら本当に途中で心が折れていたかもしれない程でした。
また、9月に俺はある方から縁あってWiiUをプレゼントしてもらいました。
これも今年自分の中での超重大イベントのひとつでした。
詳しくは言えませんが、今思うとこれも本当に色んな出来事が繋がって
自分のもとにやってきたものだったのです。
その人には、今でもずっと感謝しながら生きています。
他にもいろんな縁がありました。
この人としゃべると思わなかった、と思ってた人と意気投合してたりとか。
思い返してみると、すべてが奇跡的にタイミングが重なってできた縁なのです。
人生は何が起こるかわからないし、どこかで思いもがけぬ出会いがあるから面白い。
たしか俺はこのブログでも過去にそんなことを言ってた気がするんですが、
今年はその青天の霹靂がとても多く、刺激的でした。
めちゃくちゃあっという間に過ぎていったけど、とてつもなく濃い1年でした。
ただ、これらにすべて共通しているのは、突然何の前触れもなくすべて起きたわけではなく
自分がしてきた行動や、今まで積み重ねてきたことを誰かが見てくれていたからだったと思います。
本当に何もしない人間には、奇跡も起こってくれないのではないかと。
だから、こんなこと作ったりやったりしても無駄かな?って不安になることでも。
なんでもやってみるのが大事だなって思うのです。
それがたくさん発揮されて、楽しくて幸せな1年でした。
俺が作っているRPG「転生辛苦」は、来年には完成します。なんとか上半期には世に出したいところ。
みんな無料で遊べるので、ぜひ遊んでやってね。
それでは、2016年もよろしくお願いします。ムカデでした。
またえらく長い記事になりますが、今まで更新サボっていたのと
それだけ濃密な1年で書きたいことが多すぎたということで。
俺は今年、ひたすらRPGを作っていました。
一日たりとも制作中のRPGのことを考えない日はありませんでした。
いつだか、「2015年はRPGツクール2000でRPGを作る」といった目標を掲げ、
年内のゲーム完成は間に合わなかったものの現在進行形でその目標を達成することができ、
年末年始で実家に帰省中の今ですらRPGの事で頭がいっぱいな程です。
やはり俺は心の底から創作活動や、何か変な発想を生むことが大好きなようです。
俺の中で、RPGツクール2000でRPGを作るということは
自分の今までの人生で行ってきた創作活動の集大成なのです。
自身でキャラクターの名前やデザインを考えて自分でそのイラストを描いたり
シナリオやセリフ、演出を考えたり。
そしてここには、俺の人生の中で得たものや影響を受けたもの。その、「大好きなもの」が
沢山詰まっているのです。
自分はプロではないし、あくまで趣味の一環として捉えられるかもしれないけど
俺にとって本当に最大の誇りを持ってやっている事なのです。
趣味に没頭できる自分を好きになれた1年でした。
そんなわけでとにかくRPGを作っていたので
もし自分の漢字一文字を決めるとしたら「創」とかかなーと思っていたんですが、
「縁」としました。
俺は今年、ネットの世界に生きていました。要はネト充でした。
色々なきっかけがあって、主にニコニコ動画を通じて人脈が広がり、自分のことを知る人も増え、
スカイプのコンタクトも40人近く増えました。ネットでの活動が楽しすぎた1年でした。
そういう意味で特殊な1年間だったのです。なんか、家にいるほうが楽しいという。
元来俺は極度のさびしがり屋で、去年までの俺はとにかく
独りで家にいる時間がつらくて、無理矢理でも遊びに行ったり予定を作ったりして
月に一度は飲み会に行ったりしてないと「俺ってさびしいやつだなあ」と
へこんでしまうような奴でした。
それが今は逆で、もう外に出るのがめんどくさくて、むしろ外に出るほうが寂しいみたいな。
完全に真逆の思考回路に移行していたのです。
さすがに友達の誘いを断ったりとかはしないけど、自分から遊びに誘ったりは殆どせず
かなりひきこもってました。そしてひきこもりなのに明るいという。
俺は今の自分ことを「アクティブなひきこもり」と称しています。
自分の部屋にいるときのほうが面白いことがたくさんできて、活発に動いているのです。
RPGをつくったり、みんなでゲームをしたり、スカイプで通話したり・・・
常に誰かと繋がっていられるのは今の時代ならではでしょう。
こういうライフスタイルに対して冷ややかな目で見る人もいるかもしれないけど
なんと言われようと楽しいから歯牙にもかけません。
そもそも今はこういった生き方に偏見を持つ人も減ってきてるかもしれないですね。
そして「縁」。
実はRPGを作ろうと思い立ったとき、自分ひとりではどうしても無理なのではないかという壁に
早くもぶち当たる点がいくつかあって、正直かなり先行き不安だったのです。
でも、色んなきっかけやタイミングが重なって、最高のスタッフを見つけることができたのでした。
RPG制作は俺一人ではなく、「せの」さんという方と俺とでスタッフ2人で作っています。
せのさんにはドットや背景など、グラフィックデザインなどを担当してもらっているのですが
スタッフになってもらったきっかけは、その時自分の動画のいち視聴者だったせのさんが
「ためしに作ってみました」と、俺の描いたキャラをドット絵で描いたものをメールで下さって、
その時に「この人だ」と思ってスタッフになってくださいと俺が誘ったのが始まりでした。
思えば、最初はスタッフなど募集せず一人でRPGを作ろうとしていたのです。
今になってみると本当に無謀だし浅はかでした。
せのさんは素晴らしいデザインセンスを持っている人で俺のやりたいこともすごく理解してくださり、
この人がいなかったら本当に途中で心が折れていたかもしれない程でした。
また、9月に俺はある方から縁あってWiiUをプレゼントしてもらいました。
これも今年自分の中での超重大イベントのひとつでした。
詳しくは言えませんが、今思うとこれも本当に色んな出来事が繋がって
自分のもとにやってきたものだったのです。
その人には、今でもずっと感謝しながら生きています。
他にもいろんな縁がありました。
この人としゃべると思わなかった、と思ってた人と意気投合してたりとか。
思い返してみると、すべてが奇跡的にタイミングが重なってできた縁なのです。
人生は何が起こるかわからないし、どこかで思いもがけぬ出会いがあるから面白い。
たしか俺はこのブログでも過去にそんなことを言ってた気がするんですが、
今年はその青天の霹靂がとても多く、刺激的でした。
めちゃくちゃあっという間に過ぎていったけど、とてつもなく濃い1年でした。
ただ、これらにすべて共通しているのは、突然何の前触れもなくすべて起きたわけではなく
自分がしてきた行動や、今まで積み重ねてきたことを誰かが見てくれていたからだったと思います。
本当に何もしない人間には、奇跡も起こってくれないのではないかと。
だから、こんなこと作ったりやったりしても無駄かな?って不安になることでも。
なんでもやってみるのが大事だなって思うのです。
それがたくさん発揮されて、楽しくて幸せな1年でした。
俺が作っているRPG「転生辛苦」は、来年には完成します。なんとか上半期には世に出したいところ。
みんな無料で遊べるので、ぜひ遊んでやってね。
それでは、2016年もよろしくお願いします。ムカデでした。
たとえば、ワールドカップやオリンピックなどでみんなが盛り上がっていると
そこに「何が面白いの?」「え?ワールドカップがどうしたって?」みたいな感じで
わざわざ皮肉っぽくケチつけてくる人っていますよね。
俺はああいう人を心から鬱陶しく思うのですが
あれって大体、無意識にやっちゃってると思うんですね。
皆が盛り上がってるところに自分が入ることができてない寂しさとか嫉妬心とか
流行ってるとなんか萎えるみたいな。ちょっと異端ぶりたいみたいな感情もあると思います。
しかしそれが表に出ちゃってるのは、やっぱカッコ悪いなぁと思うし
言われたほうも感じ悪くて嫌ですよね。
別に、お前がワールドカップやオリンピックに興味持つのも持たないのも自由だよ。
でもそれをいちいち言葉に出さなくていいんだよ。
水を差すなと。
似たようなケースで、
たとえば素晴らしいクオリティの絵があって、それが沢山の人に評価されて
すごいすげえっていう賞賛の嵐が吹き荒れてるところに
「ちょっと手の位置おかしくない?」「何がすごいのかわからない」
とかわざわざ言う人。
心の内に留めておきゃいいだろ、なんでわざわざ公共の場で言うねんって思うんですけど
どうもそういう方々は人がちやほやされてるのが面白くなくて
粗探ししないと気が済まないのでしょう。
本当に実のあるアドバイスとか批評だったらまだいいんですけどね。
あと、「みんなが○○やってる中、○○やってる俺」みたいな事言っちゃう人よくいますね。
あれも異端ぶりたい、ひねくれたい感が出ちゃってて
ほんとカッコ悪いし鬱陶しいなって思ってしまうんですね。
ネタとしてうまく処理できるならいいんですが。
自分の場合はそういう事は言いませんが寂しがり屋だし嫉妬深いので
「みんなが○○やってるのに俺はできない悲しい…」といった感情に包まれて
そのまま泣き寝入りするだけです。
ただ周りで流行ってるとか変に盛り上がってる、というだけで無意識に嫌悪感を持っちゃったり
してるかもって自分でもし気付くことがあったら、ちょっと立ち止まって見つめ直したほうがいいかも。
そこに「何が面白いの?」「え?ワールドカップがどうしたって?」みたいな感じで
わざわざ皮肉っぽくケチつけてくる人っていますよね。
俺はああいう人を心から鬱陶しく思うのですが
あれって大体、無意識にやっちゃってると思うんですね。
皆が盛り上がってるところに自分が入ることができてない寂しさとか嫉妬心とか
流行ってるとなんか萎えるみたいな。ちょっと異端ぶりたいみたいな感情もあると思います。
しかしそれが表に出ちゃってるのは、やっぱカッコ悪いなぁと思うし
言われたほうも感じ悪くて嫌ですよね。
別に、お前がワールドカップやオリンピックに興味持つのも持たないのも自由だよ。
でもそれをいちいち言葉に出さなくていいんだよ。
水を差すなと。
似たようなケースで、
たとえば素晴らしいクオリティの絵があって、それが沢山の人に評価されて
すごいすげえっていう賞賛の嵐が吹き荒れてるところに
「ちょっと手の位置おかしくない?」「何がすごいのかわからない」
とかわざわざ言う人。
心の内に留めておきゃいいだろ、なんでわざわざ公共の場で言うねんって思うんですけど
どうもそういう方々は人がちやほやされてるのが面白くなくて
粗探ししないと気が済まないのでしょう。
本当に実のあるアドバイスとか批評だったらまだいいんですけどね。
あと、「みんなが○○やってる中、○○やってる俺」みたいな事言っちゃう人よくいますね。
あれも異端ぶりたい、ひねくれたい感が出ちゃってて
ほんとカッコ悪いし鬱陶しいなって思ってしまうんですね。
ネタとしてうまく処理できるならいいんですが。
自分の場合はそういう事は言いませんが寂しがり屋だし嫉妬深いので
「みんなが○○やってるのに俺はできない悲しい…」といった感情に包まれて
そのまま泣き寝入りするだけです。
ただ周りで流行ってるとか変に盛り上がってる、というだけで無意識に嫌悪感を持っちゃったり
してるかもって自分でもし気付くことがあったら、ちょっと立ち止まって見つめ直したほうがいいかも。
やっぱり毎日更新はどう足掻いても無理でした。一週間でも無理。
軽々しく宣言をするものじゃない。
僕はだいたい、この日にこれをやるとか
何日までにこれやんなきゃいけない、とか決めるとつらくなるみたいです。
これが、実生活で遊ぶ時とかもそうで
たとえば1週間後に遊ぶ約束とかをすると
なんかすごくめんどくさくなったりいざ行くのが億劫になったりするっていう。
実際に遊んだら楽しいし、誘いを断ったりとかは基本的にしないんだけども。
たぶんこれは、めんどくさい以上に自由な時間を少しでも取られるのがきついんでしょうね。
「これから1週間毎日ブログを書きます!」という記事を4日前に書いてから
憂鬱な日々(4日間)が続きました。
明日からブログの更新を3ヶ月サボることを宣言致します。
軽々しく宣言をするものじゃない。
僕はだいたい、この日にこれをやるとか
何日までにこれやんなきゃいけない、とか決めるとつらくなるみたいです。
これが、実生活で遊ぶ時とかもそうで
たとえば1週間後に遊ぶ約束とかをすると
なんかすごくめんどくさくなったりいざ行くのが億劫になったりするっていう。
実際に遊んだら楽しいし、誘いを断ったりとかは基本的にしないんだけども。
たぶんこれは、めんどくさい以上に自由な時間を少しでも取られるのがきついんでしょうね。
「これから1週間毎日ブログを書きます!」という記事を4日前に書いてから
憂鬱な日々(4日間)が続きました。
明日からブログの更新を3ヶ月サボることを宣言致します。
昔から「レギュラー」というコンビ名にすごくむかついていた。
レギュラーの二人自体は嫌いじゃない。でも
レギュラーっていうコンビ名はほんとにいい加減にしろと言いたかった。
それ「アーティスト」っていう名前のバンド組むのと同じことだぞ。
レギュラーの二人自体は嫌いじゃない。でも
レギュラーっていうコンビ名はほんとにいい加減にしろと言いたかった。
それ「アーティスト」っていう名前のバンド組むのと同じことだぞ。
身内補正とは、たとえば絵などの作品があってそれが友達などのものだったら
いつもの数割増しで良く見えたり、興味を惹かれたりするという効果のことですね。
個人差はあれど、この身内補正ほど強力かつ
至る所で威力を発揮する付与効果は無いと最近気付きました。
身内補正が顕著に現れる例を挙げると、ブログなんかがそう。
けっこう前に、Gacktのブログが面白いってことで話題になって自分も見てみたんだけど
確かに面白いし笑ったが、なんでしょう、3つぐらい記事読んだら飽きたし
今後購読しようという気にはならなかったんです。
でも、友達がやってるブログをたまたま見つけた時は、
最初から最後まで一気に読んだりしてしまうんですね。
mixiの日記とかもそう。
これが、どんなにたいして面白くない、興味のない内容の記事だったとしても、そうなんです。
Gacktの秀逸なユーモアで構成された文章よりも
身内の「今日レンタルビデオの延滞料金を払った おわり」という糞みたいにどうでもいい記事の方が
なぜか面白く感じるし読みたくなるんです。
比較対象がガクトという絶対手が届かない場所にいる人物だからこそ
なおさら身内補正に左右されるのです。
身内補正は、リア友やリアル身内だけにかかるわけではない。
例えばネットで顔を見たこと無くてもちょっと交流しただけとか、
さらに言えば全然リプライとか送ったことなくても相互フォローしただけで補正がかかるという。
要はどれくらい自分と身近にいるかどうか、ってことですね。
その距離によって補正の量が変わってくるのでしょう。
だから自分は、交流のある人のブログを好んで読むようになり、
ツイッターで芸能人をほとんどフォローしなくなりました。
芸能人ってある種の架空の人物的な目で見てるところあるから
ツイッターで「今」をつぶやかれても身近感がなさすぎてどうでもよくなるし、
面白いツイートがあったとしてもつい流し見してしまう。
動画とかも、すごく面白い!って言われて話題になってる動画よりも、
自分が好きな人の動画を見るほうが結局良いんですよね。
こうしてみると、いたるところで「身内補正」は起こっているんです。
当たり前だけどやっぱり、人間って知ってるものの方が安心するから。
ある意味で人間における重大な要素のひとつなのかもしれません。
ツイッターで相互フォローのほうが嬉しいみたいな風潮が無意識な形で存在しているのも、
この身内補正があるからなんだ、と最近気付いた気がします。
そこにほんのちょっとの補正が働いているんです。
自分も、ある動画を前から知っていて、その時は正直そこまで面白い動画とは思ってなかったんだけど
とあるきっかけでその動画投稿主と仲良くなって、するとなんだかその動画をまた見てみたくなって
仲良くなってから見たらちょっと評価や見解が変わった…
なんてこともありました。
現金な奴だなぁと自分でも思いますが
あ、これって好きな人のモノはなんでも好きに見えて
嫌いな人のモノは全部嫌、っていう感情に通ずるものがあるかもしれない。
そんなわけで
こういう補正の影響って大きいから
ある作品とかを頭ごなしに「これは面白くない」と決め付けるのは早計だなぁと思う次第。
その時の状況や考え方で、モノの捉え方も大きく変わってくるというわけですね。
前述しましたが身内補正には個人差があります。
自分は感情的な方だからかなり身内補正起きやすいんだろうなと自覚してます。
また、「身内だからこそ厳しく評価する」っていう人もいると思います。
身内補正がマイナスに働く場合もあるってことですね。
いつもの数割増しで良く見えたり、興味を惹かれたりするという効果のことですね。
個人差はあれど、この身内補正ほど強力かつ
至る所で威力を発揮する付与効果は無いと最近気付きました。
身内補正が顕著に現れる例を挙げると、ブログなんかがそう。
けっこう前に、Gacktのブログが面白いってことで話題になって自分も見てみたんだけど
確かに面白いし笑ったが、なんでしょう、3つぐらい記事読んだら飽きたし
今後購読しようという気にはならなかったんです。
でも、友達がやってるブログをたまたま見つけた時は、
最初から最後まで一気に読んだりしてしまうんですね。
mixiの日記とかもそう。
これが、どんなにたいして面白くない、興味のない内容の記事だったとしても、そうなんです。
Gacktの秀逸なユーモアで構成された文章よりも
身内の「今日レンタルビデオの延滞料金を払った おわり」という糞みたいにどうでもいい記事の方が
なぜか面白く感じるし読みたくなるんです。
比較対象がガクトという絶対手が届かない場所にいる人物だからこそ
なおさら身内補正に左右されるのです。
身内補正は、リア友やリアル身内だけにかかるわけではない。
例えばネットで顔を見たこと無くてもちょっと交流しただけとか、
さらに言えば全然リプライとか送ったことなくても相互フォローしただけで補正がかかるという。
要はどれくらい自分と身近にいるかどうか、ってことですね。
その距離によって補正の量が変わってくるのでしょう。
だから自分は、交流のある人のブログを好んで読むようになり、
ツイッターで芸能人をほとんどフォローしなくなりました。
芸能人ってある種の架空の人物的な目で見てるところあるから
ツイッターで「今」をつぶやかれても身近感がなさすぎてどうでもよくなるし、
面白いツイートがあったとしてもつい流し見してしまう。
動画とかも、すごく面白い!って言われて話題になってる動画よりも、
自分が好きな人の動画を見るほうが結局良いんですよね。
こうしてみると、いたるところで「身内補正」は起こっているんです。
当たり前だけどやっぱり、人間って知ってるものの方が安心するから。
ある意味で人間における重大な要素のひとつなのかもしれません。
ツイッターで相互フォローのほうが嬉しいみたいな風潮が無意識な形で存在しているのも、
この身内補正があるからなんだ、と最近気付いた気がします。
そこにほんのちょっとの補正が働いているんです。
自分も、ある動画を前から知っていて、その時は正直そこまで面白い動画とは思ってなかったんだけど
とあるきっかけでその動画投稿主と仲良くなって、するとなんだかその動画をまた見てみたくなって
仲良くなってから見たらちょっと評価や見解が変わった…
なんてこともありました。
現金な奴だなぁと自分でも思いますが
あ、これって好きな人のモノはなんでも好きに見えて
嫌いな人のモノは全部嫌、っていう感情に通ずるものがあるかもしれない。
そんなわけで
こういう補正の影響って大きいから
ある作品とかを頭ごなしに「これは面白くない」と決め付けるのは早計だなぁと思う次第。
その時の状況や考え方で、モノの捉え方も大きく変わってくるというわけですね。
前述しましたが身内補正には個人差があります。
自分は感情的な方だからかなり身内補正起きやすいんだろうなと自覚してます。
また、「身内だからこそ厳しく評価する」っていう人もいると思います。
身内補正がマイナスに働く場合もあるってことですね。
今日はちょっとごめんなさい。
明日には「身内補正」に関する記事を書くから待っててくれ。
明日には「身内補正」に関する記事を書くから待っててくれ。
数時間前に「これから毎日ブログ書きます」という記事を書いて(これの一つ前の記事です)
まあそう言いつつ2日ぐらいでやめたれぐらいの糞みたいな構えでいたんだけど
なぜか今またブログを書こうとしている。
まるで半年間更新をサボり続けていたツケを返すかのように。
深夜1時にもブログを書いたので事実上、本日3回目の執筆となる。
しょこたんに一歩近づきました。
長いことブログをやっていると過去に書いたかもしれないことを
何度も書いている恐れがある。今回ももしかしたらどっかで書いてたかもしれない内容です。
たぶん既出ではないと信じたい。
今回は「俺がどうやっても勝てないニコニコ界の5人」を紹介しようと思う。
ちなみに、最初は「俺がどうやっても勝てないニコニコ界の4人」でした。つい近年、5人に増えた。
自分はかなりの負けず嫌いなのである。
それも、最近自分を見つめてみてなんだかわかってきたのだけど
「とにかくこいつに勝ちたい」というよりは
「優越感に浸りたい」「誰よりもおいしい位置にいたい」
そういう、きたないというか性格の悪い負けず嫌いなのである。
自分は「ダークホース的な立ち位置」にいることに一番おいしさを感じる人間です。
一番人気よりも、ちょっと目立たない位置にいて後から評価されるとか。
実はそこで一番面白いとか実力があるとか、そういう風に見られたいみたいな。
そしてさらに性格が悪いことに、俺は嫉妬深い。
だから自分がないモノを他の人が持っていると、ジェラシーを感じてしまい悔しくなる。
そしてやはり負けず嫌いなので、どっかで負けを認めたくなくて、
そこで自分も「それより上のモノか、それに代わる何か」を持とうとする、みたいな。
そんな俺も、この人達にだけはどうやっても勝てないと思っている人は何人もいて。
自分は主にニコニコ動画で活動しているので、パッと思い浮かぶのは
ニコニコ界隈の5人の人間です。その5人とは―
・しんすけ(実況動画黎明期の立役者。動画「ゆとりFF4」でその名を轟かす)
・orara(ミリしらシリーズ、日本史の成績が「1」だった俺が信長の野望を実況してみた。で有名)
・長篠(またの名を騎士内藤。アドリブ神と呼ばれる。フルボイスロマサガ2などで絶大な支持を得る)
・すあだ(超独特な作風で奇妙なおもしろ動画や漫画などの作品をたくさん創ってる人)
そして、ジャック・オ・蘭たん(実況神と呼ばれた男)。
5人それぞれの詳細について語っているとそれぞれ一人分の記事を書かなくてはいけなくなるぐらい
長くなるのでここでは割愛して、カッコ内にてそれぞれの簡単な説明をさせていただいた。
自分はとにかくこの5人にだけは勝てないのである。
(ちなみに、今回記事のカテゴリを便宜上「実況動画の本音」としていますが
この中には"実況者"とは違う枠にいる人も含まれてます)
この5人は一言で言えばとにかく「桁違いに面白い」。
それも、誰もが絶対マネできない天才的かつ独創的な面白さを持っていて
他の追随を許さない、唯一無二の最強の個性とユーモアを持っているのである。
すべてニコニコ界隈では名が知れた方々だが、みんながみんな最近の人ではないので
ニコニコについ最近ハマったという人はまったくわからないかもしれない。
もしこの5人を知らない人がいるなら是非ニコニコで動画を探してみてほしい。
引退していたり動画を消してしまってる方もいらっしゃるが、見れば間違いない。
さてここで何故、蘭たんのみ抽出する形にしたのかと言うと
そもそもこの記事を書こうと思ったのが
つい昨日、実況者であるセピアさんが主催するニコ生ラジオ「モザイク3」で
蘭たんがゲストの1人(しかもシークレット)として出演しており、
そのラジオを聴いたのがきっかけだったのである。
また、自分が蘭たんのことをちゃんと知ったというか見始めたのが
他の4人に比べて遅かったからというのもある。
ジャック・オ・蘭たんという実況者を一言で表すと、「ずるい」だと自分は思っている。
蘭たんなら、何をやっても許されるのである。
他の人がやったら怒られるであろう無茶苦茶なことを、
蘭たんがやると「面白い」「さすが蘭たん」と、賞賛されてしまうのだ。
記憶に新しい事例を挙げるなら「録画失敗おじさん」である。
http://www.nicovideo.jp/mylist/49729201
↑参照。とりあえずこのマイリストの一覧を見れば1発で事態を把握できるかもしれない。
春うららか初見杯とは、実況者である3雲さん主催のマリオカート8の実況者同士による
なんかの大会で、それぞれ動画を上げて一斉に投稿していらっしゃったんですが
ここで蘭たんは動画の録画を失敗して、1人だけ明らかに毛色の違う動画を投稿した。
そしてその面白さが圧倒的だったのである。
ちょっと細かいというか生々しい話をすると
普段だったらここにいるテラゾーさんやつわはすさんのほうが
再生数やマイリスト数は上になるかと思われていたのだけど
このマイリストを見ればわかるとおり、蘭たんの動画のマイリスト数がぶっちぎっている。
それが全てを物語っている。
自分はこの春うららか杯の動画はだいだいどれも見ていて、どれも面白かったのだが
ほんと他の皆様には悪いかもしれないけどどう考えても蘭たんの1人勝ちだった。
っていうか、誰もがこの時「やっぱり蘭たんには誰も勝てない」と痛感しただろう。
そしてこの時の心境などについて、先日のセピアさんのラジオで
蘭たんは本音を語っていた。
その内容を簡単に要約すると、わざと録画を失敗したわけではないけど
何か自分は違うことをやってやろうと思ったというような、そういった感じのことを話してたと思う。
それについて、やはり皆「さすが蘭たん」といった反応を示したのである。
そこには笑いと賛美しか生まれない。
感服である。
もしかしたら中には「1人だけ抜け駆けしてルール逸脱してタチ悪い」みたいな事を
思った人もいるかもしれない。
でもはっきり言って、そこでそんな風に思う人は空気読めてないと言わざるを得ない。
さらに蘭たんは他のひとだったら言うのが憚られるであろうことも
歯に衣着せぬ語り口で何でも言う。
それはモザイク3でもまた存分に発揮されていたように感じる。
結局なんでも、面白いことをやった奴が勝ちなのである。
蘭たんにはそれが解ってるのだろう。
そして蘭たんは自分のポジションも解っている。
だから「ずるい」のだ。
ここでの「ずるい」には色んな意味があるが、褒め言葉でしかない。
俺はこの「どうやっても勝てない人」に対しては、嫉妬の念すら湧かない。
完全に別次元の人間だと思っているから、勝ち目は無いとわかっているし
初めから白旗を振って敬遠球を投げる末路へと至るのである。
今年の2月、縁あって俺も蘭たんと生で話す機会があったのだけど
「もうこの人に対しては面白さで絶対勝てないから全て流れに身を任せよう」と
ハナから諦観気味に喋っていた。
この蘭たんに対しての評価は、前述した他の4人に対してもほぼ同等と言える。
どう足掻いても、勝てないのだ。
負けを認めた人を見ていると、「この人に比べると自分はなんて面白くないんだ」と
自信を喪失する結果に陥ってしまうのであまり良くなかったりする。
面白いし好きだから、見たくなってしまうけど。
そんな時は、「でもこの人には無いものも自分は一応持っている」と
せめて少しでも勝っている部分を見つけるとか、
「この人にはさすがに勝てるかな」と思える人の動画を見るしかない。
やはり俺は性格が悪い。
まあそう言いつつ2日ぐらいでやめたれぐらいの糞みたいな構えでいたんだけど
なぜか今またブログを書こうとしている。
まるで半年間更新をサボり続けていたツケを返すかのように。
深夜1時にもブログを書いたので事実上、本日3回目の執筆となる。
しょこたんに一歩近づきました。
長いことブログをやっていると過去に書いたかもしれないことを
何度も書いている恐れがある。今回ももしかしたらどっかで書いてたかもしれない内容です。
たぶん既出ではないと信じたい。
今回は「俺がどうやっても勝てないニコニコ界の5人」を紹介しようと思う。
ちなみに、最初は「俺がどうやっても勝てないニコニコ界の4人」でした。つい近年、5人に増えた。
自分はかなりの負けず嫌いなのである。
それも、最近自分を見つめてみてなんだかわかってきたのだけど
「とにかくこいつに勝ちたい」というよりは
「優越感に浸りたい」「誰よりもおいしい位置にいたい」
そういう、きたないというか性格の悪い負けず嫌いなのである。
自分は「ダークホース的な立ち位置」にいることに一番おいしさを感じる人間です。
一番人気よりも、ちょっと目立たない位置にいて後から評価されるとか。
実はそこで一番面白いとか実力があるとか、そういう風に見られたいみたいな。
そしてさらに性格が悪いことに、俺は嫉妬深い。
だから自分がないモノを他の人が持っていると、ジェラシーを感じてしまい悔しくなる。
そしてやはり負けず嫌いなので、どっかで負けを認めたくなくて、
そこで自分も「それより上のモノか、それに代わる何か」を持とうとする、みたいな。
そんな俺も、この人達にだけはどうやっても勝てないと思っている人は何人もいて。
自分は主にニコニコ動画で活動しているので、パッと思い浮かぶのは
ニコニコ界隈の5人の人間です。その5人とは―
・しんすけ(実況動画黎明期の立役者。動画「ゆとりFF4」でその名を轟かす)
・orara(ミリしらシリーズ、日本史の成績が「1」だった俺が信長の野望を実況してみた。で有名)
・長篠(またの名を騎士内藤。アドリブ神と呼ばれる。フルボイスロマサガ2などで絶大な支持を得る)
・すあだ(超独特な作風で奇妙なおもしろ動画や漫画などの作品をたくさん創ってる人)
そして、ジャック・オ・蘭たん(実況神と呼ばれた男)。
5人それぞれの詳細について語っているとそれぞれ一人分の記事を書かなくてはいけなくなるぐらい
長くなるのでここでは割愛して、カッコ内にてそれぞれの簡単な説明をさせていただいた。
自分はとにかくこの5人にだけは勝てないのである。
(ちなみに、今回記事のカテゴリを便宜上「実況動画の本音」としていますが
この中には"実況者"とは違う枠にいる人も含まれてます)
この5人は一言で言えばとにかく「桁違いに面白い」。
それも、誰もが絶対マネできない天才的かつ独創的な面白さを持っていて
他の追随を許さない、唯一無二の最強の個性とユーモアを持っているのである。
すべてニコニコ界隈では名が知れた方々だが、みんながみんな最近の人ではないので
ニコニコについ最近ハマったという人はまったくわからないかもしれない。
もしこの5人を知らない人がいるなら是非ニコニコで動画を探してみてほしい。
引退していたり動画を消してしまってる方もいらっしゃるが、見れば間違いない。
さてここで何故、蘭たんのみ抽出する形にしたのかと言うと
そもそもこの記事を書こうと思ったのが
つい昨日、実況者であるセピアさんが主催するニコ生ラジオ「モザイク3」で
蘭たんがゲストの1人(しかもシークレット)として出演しており、
そのラジオを聴いたのがきっかけだったのである。
また、自分が蘭たんのことをちゃんと知ったというか見始めたのが
他の4人に比べて遅かったからというのもある。
ジャック・オ・蘭たんという実況者を一言で表すと、「ずるい」だと自分は思っている。
蘭たんなら、何をやっても許されるのである。
他の人がやったら怒られるであろう無茶苦茶なことを、
蘭たんがやると「面白い」「さすが蘭たん」と、賞賛されてしまうのだ。
記憶に新しい事例を挙げるなら「録画失敗おじさん」である。
http://www.nicovideo.jp/mylist/49729201
↑参照。とりあえずこのマイリストの一覧を見れば1発で事態を把握できるかもしれない。
春うららか初見杯とは、実況者である3雲さん主催のマリオカート8の実況者同士による
なんかの大会で、それぞれ動画を上げて一斉に投稿していらっしゃったんですが
ここで蘭たんは動画の録画を失敗して、1人だけ明らかに毛色の違う動画を投稿した。
そしてその面白さが圧倒的だったのである。
ちょっと細かいというか生々しい話をすると
普段だったらここにいるテラゾーさんやつわはすさんのほうが
再生数やマイリスト数は上になるかと思われていたのだけど
このマイリストを見ればわかるとおり、蘭たんの動画のマイリスト数がぶっちぎっている。
それが全てを物語っている。
自分はこの春うららか杯の動画はだいだいどれも見ていて、どれも面白かったのだが
ほんと他の皆様には悪いかもしれないけどどう考えても蘭たんの1人勝ちだった。
っていうか、誰もがこの時「やっぱり蘭たんには誰も勝てない」と痛感しただろう。
そしてこの時の心境などについて、先日のセピアさんのラジオで
蘭たんは本音を語っていた。
その内容を簡単に要約すると、わざと録画を失敗したわけではないけど
何か自分は違うことをやってやろうと思ったというような、そういった感じのことを話してたと思う。
それについて、やはり皆「さすが蘭たん」といった反応を示したのである。
そこには笑いと賛美しか生まれない。
感服である。
もしかしたら中には「1人だけ抜け駆けしてルール逸脱してタチ悪い」みたいな事を
思った人もいるかもしれない。
でもはっきり言って、そこでそんな風に思う人は空気読めてないと言わざるを得ない。
さらに蘭たんは他のひとだったら言うのが憚られるであろうことも
歯に衣着せぬ語り口で何でも言う。
それはモザイク3でもまた存分に発揮されていたように感じる。
結局なんでも、面白いことをやった奴が勝ちなのである。
蘭たんにはそれが解ってるのだろう。
そして蘭たんは自分のポジションも解っている。
だから「ずるい」のだ。
ここでの「ずるい」には色んな意味があるが、褒め言葉でしかない。
俺はこの「どうやっても勝てない人」に対しては、嫉妬の念すら湧かない。
完全に別次元の人間だと思っているから、勝ち目は無いとわかっているし
初めから白旗を振って敬遠球を投げる末路へと至るのである。
今年の2月、縁あって俺も蘭たんと生で話す機会があったのだけど
「もうこの人に対しては面白さで絶対勝てないから全て流れに身を任せよう」と
ハナから諦観気味に喋っていた。
この蘭たんに対しての評価は、前述した他の4人に対してもほぼ同等と言える。
どう足掻いても、勝てないのだ。
負けを認めた人を見ていると、「この人に比べると自分はなんて面白くないんだ」と
自信を喪失する結果に陥ってしまうのであまり良くなかったりする。
面白いし好きだから、見たくなってしまうけど。
そんな時は、「でもこの人には無いものも自分は一応持っている」と
せめて少しでも勝っている部分を見つけるとか、
「この人にはさすがに勝てるかな」と思える人の動画を見るしかない。
やはり俺は性格が悪い。
決心しました。
今日から最低1週間、毎日ブログ更新します。
毎日記事書きます。
最低5文字。
今日から最低1週間、毎日ブログ更新します。
毎日記事書きます。
最低5文字。
なんとちょうどこのブログが4年目に突入したようです。
半年間もブログを更新していませんでした。
なんだか今日寝付けなくて、久々にブログ描こうかなーと思ったら
ほぼ4年目でした。狙ったわけじゃなくて偶然です。
なんとなく節目節目で無意識に文字に起こしたくなるように体ができているのかもしれない。
そしていつも寝付けない時に記事を執筆している気がします。
先月、大学時代のサークルの先輩の結婚式の2次会に行ってきました(都合により、親族等の方以外は2次会だけ参加という形でした)
自分にとってこの、軽音部というサークルの先輩方は本当に特別な存在で
数年ぶりに一同に介して、あの頃に戻ったような感覚を味わいました。
と思ったけど、よく考えたら「あの頃に戻った感」は無かったかもしれません。
なぜならみんながみんな目に見えて大人になっていらっしゃったからです。
それこそあの時はすぐ身近にいた先輩がめでたく結婚をなされて、
今はみんな立派に働いてて。
飲みの席ではいつも思い出話に花が咲くけど。
みんなもう、あの頃と比べると何もかもがもはや別人だよなと思ってしまうんです。
これは人が変わったというか、それぞれの"環境"が変わったからなのかもしれませんが。
たぶんやっぱり、いつも一緒にいたらこんな風に思ったりしないんでしょう。
そうやって考えると、不意に寂しくなってきたりもします。
「あの頃」を取り戻すのって、相当難しいんだなぁと。
でも、それが悲しくて辛いと言っているわけではないです。
今は今で楽しいし。
環境が変わった今でしか味わえない感覚があります。
そしてその感覚を強く覚えたのは、結婚式の2次会で1人の先輩にある話をされてからです。
その先輩はH先輩というんですが
突然H先輩が「ムカデにはブログをもっと更新してほしい」と仰られたのです。
え!?俺のブログ見てんの!?ってその時は思いました。
つまりH先輩はもしかしたらこの記事も読んでらっしゃるのかもしれませんが。
H先輩はこの"今のメラゾーマはない"を、全部読んでたのかは知らないけど
過去からずーっと読んでたらしいんですね。
当時酔ってたし何言われたかはっきりとは覚えてないんですが
ブログとか日記ってやっぱり書くの大事だよ、といったことを言われたと思います。
で、それは自分でもわかってたことだったんです。
わかってはいたのに半年間もブログの更新をサボってたところに釘を刺されたというか。
4年もブログやってて、数年前の自分の記事とか見るとやっぱガキだなって部分が多いんですよね。
見るのも見られるのも恥ずかしいし、先輩にも見られちゃってたかーって思ったけど
ガキだった記事を残しておくことにも意味や価値はあるんですよね。
そういう時代なくして、今は無いと思うし。
で、その後別の先輩から「この前ムカデのニコ生見たよ。終わるとこだったけど」って言われたり
「ツイッターで活動けっこうチェックしてる」って言われたりもしました。
俺は自分が動画を投稿してるとか身内に言うのを恥ずかしがらない、というか
周りにそういう事に抵抗がある人間が少ないので普通にバラしているんです。
でも、知ってるだけでそんな興味ないだろうなーって思ってました。
これらが、環境が変わった今でしか味わえない感覚です。
あの頃はみんな大学の中で、軽音部の部室の中で、みんな同じ空間にいたから。
でも、今は離れ離れで。
すんげーークサくてJ-POPみたいな事言うと、みんな離れてても心は繋がってるんです。
そして、みんな意外と「見てる」んですよね。
以前このブログで
自分のことは思ったより誰も見ていない、誰も気にかけてない、
だから自分が必要とされていないことを嘆くことはない といった記事を書きました。
でもこの時、「意外と見ている」ことに気付いたんです。
みんな普段口に出さないというか。離れたところにいて直接話す機会が激減したから
気付かなかったけど、本当に思ったよりみんな、見ている。
そういえば自分も先輩がこっそりやってるブログとかこっそり見てたりしてたけど、
それを普段言及したりしなかったなぁと、ふと気付く。
俺はいつも、自分のためにブログを書いているんですが
今回はH先輩に見せるために書いたような気がします。
今回の記事、ほんといつにも増して支離滅裂な文章になってると思うんですが
っていうかいつも同じようなことを書いたり言ったりしてるような気がするんですが
とにかく寝付けなくて、あと先輩に見て欲しくてなんでもいいから書きたいなと思って
つらつら書き殴って(正確には思うがままにキーボードを打って)たら、こんなんなってました。
やっぱ、見てる人がいるってのは嬉しいんだと思います。
今後も意外な人に見られているかもしれないと妄想や期待を繰り広げながら
ブログは続けていきたいです。
更新頻度を上げるのは無理です。
半年間もブログを更新していませんでした。
なんだか今日寝付けなくて、久々にブログ描こうかなーと思ったら
ほぼ4年目でした。狙ったわけじゃなくて偶然です。
なんとなく節目節目で無意識に文字に起こしたくなるように体ができているのかもしれない。
そしていつも寝付けない時に記事を執筆している気がします。
先月、大学時代のサークルの先輩の結婚式の2次会に行ってきました(都合により、親族等の方以外は2次会だけ参加という形でした)
自分にとってこの、軽音部というサークルの先輩方は本当に特別な存在で
数年ぶりに一同に介して、あの頃に戻ったような感覚を味わいました。
と思ったけど、よく考えたら「あの頃に戻った感」は無かったかもしれません。
なぜならみんながみんな目に見えて大人になっていらっしゃったからです。
それこそあの時はすぐ身近にいた先輩がめでたく結婚をなされて、
今はみんな立派に働いてて。
飲みの席ではいつも思い出話に花が咲くけど。
みんなもう、あの頃と比べると何もかもがもはや別人だよなと思ってしまうんです。
これは人が変わったというか、それぞれの"環境"が変わったからなのかもしれませんが。
たぶんやっぱり、いつも一緒にいたらこんな風に思ったりしないんでしょう。
そうやって考えると、不意に寂しくなってきたりもします。
「あの頃」を取り戻すのって、相当難しいんだなぁと。
でも、それが悲しくて辛いと言っているわけではないです。
今は今で楽しいし。
環境が変わった今でしか味わえない感覚があります。
そしてその感覚を強く覚えたのは、結婚式の2次会で1人の先輩にある話をされてからです。
その先輩はH先輩というんですが
突然H先輩が「ムカデにはブログをもっと更新してほしい」と仰られたのです。
え!?俺のブログ見てんの!?ってその時は思いました。
つまりH先輩はもしかしたらこの記事も読んでらっしゃるのかもしれませんが。
H先輩はこの"今のメラゾーマはない"を、全部読んでたのかは知らないけど
過去からずーっと読んでたらしいんですね。
当時酔ってたし何言われたかはっきりとは覚えてないんですが
ブログとか日記ってやっぱり書くの大事だよ、といったことを言われたと思います。
で、それは自分でもわかってたことだったんです。
わかってはいたのに半年間もブログの更新をサボってたところに釘を刺されたというか。
4年もブログやってて、数年前の自分の記事とか見るとやっぱガキだなって部分が多いんですよね。
見るのも見られるのも恥ずかしいし、先輩にも見られちゃってたかーって思ったけど
ガキだった記事を残しておくことにも意味や価値はあるんですよね。
そういう時代なくして、今は無いと思うし。
で、その後別の先輩から「この前ムカデのニコ生見たよ。終わるとこだったけど」って言われたり
「ツイッターで活動けっこうチェックしてる」って言われたりもしました。
俺は自分が動画を投稿してるとか身内に言うのを恥ずかしがらない、というか
周りにそういう事に抵抗がある人間が少ないので普通にバラしているんです。
でも、知ってるだけでそんな興味ないだろうなーって思ってました。
これらが、環境が変わった今でしか味わえない感覚です。
あの頃はみんな大学の中で、軽音部の部室の中で、みんな同じ空間にいたから。
でも、今は離れ離れで。
すんげーークサくてJ-POPみたいな事言うと、みんな離れてても心は繋がってるんです。
そして、みんな意外と「見てる」んですよね。
以前このブログで
自分のことは思ったより誰も見ていない、誰も気にかけてない、
だから自分が必要とされていないことを嘆くことはない といった記事を書きました。
でもこの時、「意外と見ている」ことに気付いたんです。
みんな普段口に出さないというか。離れたところにいて直接話す機会が激減したから
気付かなかったけど、本当に思ったよりみんな、見ている。
そういえば自分も先輩がこっそりやってるブログとかこっそり見てたりしてたけど、
それを普段言及したりしなかったなぁと、ふと気付く。
俺はいつも、自分のためにブログを書いているんですが
今回はH先輩に見せるために書いたような気がします。
今回の記事、ほんといつにも増して支離滅裂な文章になってると思うんですが
っていうかいつも同じようなことを書いたり言ったりしてるような気がするんですが
とにかく寝付けなくて、あと先輩に見て欲しくてなんでもいいから書きたいなと思って
つらつら書き殴って(正確には思うがままにキーボードを打って)たら、こんなんなってました。
やっぱ、見てる人がいるってのは嬉しいんだと思います。
今後も意外な人に見られているかもしれないと妄想や期待を繰り広げながら
ブログは続けていきたいです。
更新頻度を上げるのは無理です。