ある会話


「民主党も自民党も信用できない。ほかの政党もだめだ。政治なんてくだらない。選挙なんて面倒なだけで、何


も変わらないから行かない」


「ほう、そうすると君は何か、既成政党とは関係ない政治運動をやっているのかね?」


「そんなことやってるわけないでしょう。政治は政治家がやることですよね」


「民主主義の政治を望まないのなら、それは理にかなった態度といえよう。官僚や政治家、いわゆる有力者に隷


属するのを喜びとするわけだね。あまつさえ、それをのぞんでない人たちをも奴隷化する手伝いをしようとしてい


るんですね」


「自分を隷属化するって?!人を奴隷化する手伝いなんかするつもりはないですよ。変なこといいますね」


「よほど君はマインドコントロールされているといえよう。民主政治は不断の人民の努力によって、維持。発展さ


れるものである。その努力を怠れば、あるいは努力をしていてもこれをつぶそう、骨抜きにしようとする動きは人


間社会に常に存在する。人間の平等は、私有財産制を認めることで常に不自然な状況に陥っている。故に、リン


カーンの人民にのための、人民の、人民による、民主政治が常に参照されるゆえんであろう。今の発言を聞いて


おると、まさに、人民による、ということをまったく放棄しておる。なるほど人によっては民主主義は嫌いな人もいよ


う。その時彼は奴隷を志望している。これは、他者の自由を拘束しようとする政治家を当選させる可能性を増大さ


せる。国会議員は、国民の生命財産をいかようにもする法律や規則や命令をつくることができるから、奴隷にな


りたくない人の思想信条を縛って、マインドコントロールする法律を作って、結局、すべての人々を奴隷にするこ


とができよう。戦前の治安維持法がその好例であろう。この法律は今はないが、それは日本人が自分で廃止し


てのではない。占領軍の命令で、実質的になくなっただけである。したがって日本人の官僚、政治家、資本家は


潜在意識の中で常にこの種の法律を求めている。これで、人民の、人民の為の、の原則はいくらでも飾ることが


できる。


当選した代議士は国民の支持を得て自分は当選したのだから、どんな政治や法律を作ってもそれは国民の意


思であるということができる。投票率がたとえ30パーセントぐらいでも、当選した議員は国民の代表と言うことを


主張できる。



選挙だけが民主主義の政治運動ではない。それは、民主主義の歴史を見れば明らかである。選挙をボイコット


するのも民主政治を実現するための手段として、大衆運動としてやるなら、それも意味あることだ。また、もはや


選挙では民主主義は実現できないと思い他の手段を考えて、運動するというのも理にかなったことだろう。しか


し、ただ、選挙に行っても意味がない、信用できない政治家に投票したくない、疲れるから面倒だからと言っ


てなにも他に政治的な運動や行為をしていないで投票もしないのは、民主主義の放棄のみならず、自分以外の


人間の権利侵害につながることを肝に銘ずべきである。」