夫が創価でなかったら…
きっと私たち夫婦はもっとうまくいっていたはずです。
普通の平凡のどこにでもいるような夫婦。
でも私にはそれが理想の夫婦像。
だって我が家は普通じゃないですから。
本来宗教ってもっと自由なはず。
たとえ夫婦だって親子だって友達だって束縛も支配も強要もできないはず。
なのに創価は平然とそられをやってのけて心を支配しようとする。
創価に没頭する人ってある意味心の弱い人。
もっと綺麗な表現をするなら心がピュアな人なのかもしれない。
でも洗脳されてしまった創価の人を相手にするのは並大抵ではない。
相手がピュアだけに、こちらの気持ちや思いなんてまるでお構いなし。
自分都合、組織都合、創価都合で振り回される。
私は常に創価に対して疑問を感じていたし、不信を抱いていたし、反発も覚えていた。
だからこそ創価にのめりこむ事はなかった。
でも夫は…?
小さい頃から姑に洗脳され、組織に洗脳され、創価に洗脳され…
完全に創価ロボットです。
そんな夫でもふと創価を離れる時がある。
そんな時は楽しいし、幸せだし、嬉しいし、私の心も満たされる。
でもそんな時間は長くは続かない。
すぐに正気(彼にとっては)に戻り、創価ロボットとして動き出す。
夫が創価でなかったら…
今でも毎日考える。