夫が創価でなかったら…


きっと私たち夫婦はもっとうまくいっていたはずです。


普通の平凡のどこにでもいるような夫婦。


でも私にはそれが理想の夫婦像。


だって我が家は普通じゃないですから。



本来宗教ってもっと自由なはず。


たとえ夫婦だって親子だって友達だって束縛も支配も強要もできないはず。


なのに創価は平然とそられをやってのけて心を支配しようとする。



創価に没頭する人ってある意味心の弱い人。


もっと綺麗な表現をするなら心がピュアな人なのかもしれない。



でも洗脳されてしまった創価の人を相手にするのは並大抵ではない。


相手がピュアだけに、こちらの気持ちや思いなんてまるでお構いなし。


自分都合、組織都合、創価都合で振り回される。



私は常に創価に対して疑問を感じていたし、不信を抱いていたし、反発も覚えていた。


だからこそ創価にのめりこむ事はなかった。




でも夫は…?


小さい頃から姑に洗脳され、組織に洗脳され、創価に洗脳され…


完全に創価ロボットです。



そんな夫でもふと創価を離れる時がある。


そんな時は楽しいし、幸せだし、嬉しいし、私の心も満たされる。


でもそんな時間は長くは続かない。


すぐに正気(彼にとっては)に戻り、創価ロボットとして動き出す。




夫が創価でなかったら…


今でも毎日考える。

同じ創価のヨシミで結婚してしまった私ですが、これが後に大変な弊害をもたらす事になりました。

前回の日記でも書いたように、片方がバリバリ、片方が未活動という場合、かなりの確立で夫婦間に

溝が入ります。


我が家の場合は夫がバリバリ、私が未活動というパターン。

しかし最初の10年はひたすら我慢に我慢を重ねてきました。

恐らく知らないうちに夫からの洗脳もあったのでしょう。

どこかで創価に対しての文句は言ってはいけないという呪縛がありました。



でも10年我慢してふと思ったのです。


絶対におかしいって。



創価では「一家和楽」という言葉をしきりに使います。

深い意味まで分かりませんが、読んで字のごとくだと思います。

でも我が家に当てはめた場合「一家不和楽」なのです。

夫があんなにも熱心に活動しているのなら、創価で言う「一家和楽」になってもおかしくないはず。

でも夫が活動すればするほど私の心はささくれ立って夫婦が家庭が崩壊していく感じがしました。



未活動家と言う私でも最初の10年は我慢して座談会などの会合には出ていました。

(強制参加させられていました)

創価の場合、奥さんの方が熱心で、旦那が未活動というパターンが多く、よく座談会などでは

「未活動家の夫」へ対する愚痴のような事を平然と話している婦人部を見かけました。

中には「ギャンブルに女に酒に溺れている未活動家の主人を活動家にしてみます!」と決意発表??

している婦人部もいたのですが、ハッキリ言って私はすごく違和感を覚えました。

だって大勢の前でその旦那さんのプライベートな部分をずらりと挙げらているのですよ。

きっとその旦那さんを見たら「あれが酒に女にギャンブルに溺れてる旦那だ」って目で見られるじゃ

ないですか!そんなプライバシーもへったくりもない事を平然とやっている異様な集団の創価。



でも私も夫に同じような事を言われていました。

大きな会合で私のプライバシーを明かされ、最後には「妻を立派な活動家に」というような文言で

締めくくっていたそうです。

正直その事があってかそれ以来私は色眼鏡で見られるようになりました。

きっと過大表現したのでしょう。

どれだけ愚妻で、未活動で、創価に背を向けているのかという事を淡々と述べたのだと思います。

そう。みなの前で夫を罵倒したあの婦人部のように…。

よく彼氏彼女の間で創価が弊害になる事がありますが、あれは彼氏彼女だけの問題ではありません。


親子はもちろんの事、夫婦も最悪です。


ただ、同じトーンならまだ大丈夫なのでしょう。(バリバリ&バリバリとか未活動&未活動とか)


家の場合、バリバリ&未活動だったので、本当に最悪でした。



片方が創価に洗脳されている場合、かなりの高い確率で家庭が崩壊していきます。


創価の洗脳は物凄いです。




オマケに片方がバリバリだともれなく地域の学会員が付いてきます。


アポなし訪問、日々の電話、手紙の投函…。


普通に生活していてもアポなし営業だとか忙しい時間の電話だとかいらないDMだって迷惑なのに、


創価はお構いなく平然と生活圏に入ってきます。



そして自分達の世界へ引っ張ろうとするんですね。


マジウザイですよ。創価って。