相も変わらずおふくろは、あれだけかけるなと念押ししてるにも関わらず病院に連絡してくる。


「はい、変わりました入江ですむかっ

俺は不機嫌になりながらも受話器を取った。

お兄ちゃん、琴子ちゃんが大変なのよ

開口一番おふくろがそう言った。

あいつが・・・大変じゃないときってあったか?

今に始まったことじゃないだろうと思いながらも

「今度は何だ?」と聞いてみた。

俺は琴子の起こすトラブルに嫌と言うほど付き合ってきた実績がある。

多少の『大変』には驚かない自信があった。

この天気の中、お兄ちゃんに会いにそっちへ行ったわ

「・・・・・・」

俺は驚かない自信はあったが、、、呆れない自信はなかった

「何故、止めないむかっ

無理に決まってるでしょ!!


琴子ちゃんはどうしてもお兄ちゃんに会って直接言いたかったのよ。そんな妻のいじらしい想いをどうしてお兄ちゃんは分かってあげないの。本当に血も涙もないんだから・・・

電話越しにブツブツ呟くおふくろ。

俺にワザと聞かせているのは分かる。

が、その血も涙もないって言ってる人間はあんたの実の息子だ。

「・・・分かったよ」

琴子もおふくろも止めたって聞かないのはとっくの昔に理解している。

「で、何時にこっちに着くって?」

『この天気で何時に着くか分からないわよ。だからお兄ちゃん琴子ちゃんが着くまでホームで待っててちょうだい』

はぁ? この天気の最中、ホームで待つ馬鹿どこにいんだよ」

愛しい妻がお兄ちゃんに報告したくてわざわざ会いにいくのよ。そんなの一日中待つに決まってるでしょ!!』

『じゃあ、そういうことだから、必ずホームで待ちなさいね』と念を押されて勝手に電話を切られた。

ため息をついて受話器を置くと、医局中から注目されていた俺。

「い、入江先生、どうしはったん?」

「・・・妻がこっちに向かってるそうです」

俺は仕方なく答えた。

この天気の中!?

医局中がざわめく。まあ、想定内だ。

「ええ、そういうことですので私はもう帰らねばなりません。今日まで夜勤でしたし、明日は休みますので・・・」

「ああ、お疲れさん」と一人の医師から言われて帰宅の了承をもらった。

医局を出ようとすると同僚から

「なあ、入江先生。愛妻家なんは有名やけど、こん天気ん中来るような奥さんのどこが好きなん?」と聞かれた。

まあ、普通は迷惑にしか感じないだろう。

「・・・そうですね、こんなところも含めて、全部です」

俺はそういうと医局のドアを開けた。

「はぁ、凡人はやっぱり天才を理解でけへんな」と呟く声が聞こえた。


俺は3日前に出勤した際に来てたジャケットを着て自宅に帰ると、長めのコートを取り出した。

これから長丁場だから、とにかく防寒しないとやってられない。

そのついでに留守電に手をのばす。

琴子の伝言でも入ってないかと思ったのと、琴子の声も聞きたかったから。

留守番電話を再生すると・・・『メッセージハ33件デス』と告げられた。


33件中、32件が琴子なのはお約束。寧ろよく他の1件が入ってたと感心する。

続イテノメッセージハ3月20日19時15分デス。

『んなこと、こんなこと、留守電クンに言いたくないっ ちくしょ――留守電クンめー どーして夜勤なの入江クン!!』


続イテノノメッセージハ8時41分デス。

『もしもし、お兄ちゃん。琴子ちゃんが朝からそっちに向かったので急いで新神戸の新幹線ホームに行って待ってて下さい。・・・あっこれに伝言しても無駄ね。かけ直します』

ピー・・・


最後の1件がおふくろな理由がよく分かった。


・・・琴子。

相変わらず留守番電話機能を理解しないヤツめ。

全部聞こえてるって(録音されているの間違い)

俺は留守電の再生を止めて、部屋を後にした。


駅に着くと新幹線のホームに急いだ。

一瞬だけ琴子が見えた気がしたので、近くに居た駅員を捕まえて聞いた。

「今行った新幹線は・・・」

「ああ、ひかりですね。ここには止まらず岡山が次の停車になりますよ」

「そうですか、ありがとうございます」

・・・琴子、お前乗り間違えたな。

あいつらしい。あいつらし過ぎる。

ぷっ くっくっく・・・

久々の琴子に、俺は笑いを抑えられなかった。

取り合えず・・・愛しい妻を待つとするか。

一旦ホームを出て夕食を食べ、新神戸に着く便を調べる。

今からだと最終の23時28分になるらしい。

今は21時19分。。。

俺はキオスクで新聞を買うと、再びホームに足を運んだ。

軽く新聞に目を通してから、ベンチでゴロ寝。

新聞で顔を隠す。

琴子が着くまで仮眠をとった。

・・・その後、琴子の声で起こされるまでこんな天気のホームでも熟睡していた俺。

琴子と出会ってから・・・どんなサバイバルな環境でも生きていける自分になった気がする。

看護士姿の琴子にコートを貸すと、手をつないでホームを出た。

ようやく家に着いた時には日付が更新されていた。


おまけ

2日後、出勤するととある噂を聞いた俺。

「入江先生、この間の嵐の日、すごいことあったらしいんですよ」

「エイプリルフールでもないのに新大阪に看護婦の格好した女の子が居ましてな。コートも着ずになにしとったんやろって見とったら、そのまま新幹線に乗って行きましたわ。あの格好で新幹線、勇気ありますなぁ。大阪人はよう分からん。何かのロケやろか?一体どんなロケや思います?」

「さあ」とだけ返事をした。

・・・俺は、それが妻だとは口が裂けても言えなかった。