今回は、「集団ストーカー」で行われる「仄めかし(ほのめかし)」と呼ばれる工作について私が考えていることを記事にしたいと思います。

 

その前に、先日開催された気まぐれポスティングに参加したときのうれしいエピソードがありますのでご紹介します。

 

目黒駅周辺の皆様、

ありがとうございました。

 

2018年5月19日(土)、ベガさん主催の「集団ストーカー」犯罪周知のポスティングが、JR目黒駅周辺で開催されました。私はみっしいさんと二人でチラシを投函して歩いていたのですが、あるマンションの入り口でちょうど帰宅してきた小学生くらいの男の子に声を掛けられたのです。「何を配っているんですか?」私は、「集団ストーカーという犯罪の防犯チラシです。お父さんとお母さんにも読んでもらって下さいね」そう言ってその男の子にチラシを手渡しました。再びしばらくポスティングを続けていると、道端にその男の子が立っています。こちらが気がつくと男の子は「さっきのチラシもっとありますか?」と言います。「何枚要りますか?」と私が訊くと、「○○ちゃんと、○○ちゃんと…」とおそらく友達であろう子たちの名前を挙げ始めました。男の子は私から数枚のチラシを受け取ると「ありがとうございました」と言って去っていきました。

 

この後、目黒区の公共施設がありましたので訪れたところ、スタッフの方が「このチラシ、さっき男の子がもって来ましたよ」と言います。どうやらさっきの男の子がチラシをこの施設の方に渡してくれていたようです。私は他のチラシも何種類か差し上げてひと通りご説明し、「おかしな依頼を受けましたら警視庁のこちらの番号へ通報して下さい」とお願いしました。そして私たちが被害当事者だとお伝えすると、スタッフの方は真剣に私たちの話に耳を傾けて下さいました。あいにく区の承認のあるチラシ以外は設置できないとのことでしたが、代わりに私の名刺をお渡しして「この犯罪をテーマにブログをやっています。お暇な時で構いませんのでご覧になって下さい」そうお礼を述べて、この施設を出ました。

 

今回はものおじしない男の子との出会いをきっかけにこのようなうれしい出来事がありました。子供たちまでを利用した悲しい「集団ストーカー」犯罪が行われる反面、この日のように気持ちの良い少年とのやりとりを通して、日本を情けない国にしてはならないと改めて思いました。男の子とそのご父兄、ならびに目黒区施設のスタッフの方々に、この場を借りて心より御礼申し上げます。

 

「ホノメカシ」について

 

さて、これまで数人の被害者さんに宛てたコメントで、「ほのめかし」について私の考えをお伝えしたことがあります。そこで改めて記事にまとめることにしました。

 

「集団ストーカー」犯罪の手口のひとつに「ほのめかし」という嫌がらせ工作があります。「集団ストーカー」における「ほのめかし」という手法は、加害者がターゲットとする人物に対して、そのターゲット個人にまつわるものを見せたり聞かせたりすることで注意を引き、「あなたの個人情報を知っていますよ」「あなたにプライバシーはありませんよ」と暗示することで、大勢の人の中にいてもターゲットにのみピンポイントで加害実行者側からのメッセージを伝え、恐怖や羞恥心を与える行為のことです。

 

この「ほのめかし」行為で人の命を奪うことが可能です。代表的な例として「スイカ五つ事件」とでも呼べるようなエピソードがあります。被害者の中にもこの話の内容をご存知の方は多いと思いますが、この記事をお読みいただいている一般の方々にも「集団ストーカー」犯罪でどのような手口が用いられているのか知っていただくために、改めて以下の通りあらすじをご紹介します。

 

「集団ストーカー」に携わる現役の探偵が工作員として20名のチームになり、ある人物を自殺に追い込むという計画です。工作員たちはまず、ターゲットとした一人の男性について、家族構成や仕事、習慣、趣味や嗜好について調査します。するとターゲットとされたその男性はスイカが好きだということ、毎朝自宅のポストをチェックする習慣があること、普段歩いて回るルートについての情報を工作員たちは手に入れます。これらの情報をもとに工作が行われました。


ターゲットとされた男性がある朝いつものようにポストを開けると、油性マジックで「スイカ」とだけ書かれた宛名のないハガキが入っているのを見つけます。その日の昼、今度は工作員の一人がこの男性とすれ違いざまに「スイカ!」とだけ叫びます。男性は得体の知れない組織に狙われていると感じ、気の毒に悲痛な面持ちで足早にその場を立ち去ろうとします。しかし工作員たちはこの男性がその後どこを歩いて行くのか事前に調べて予測していますので、彼の行く先の道端に前もって不自然にスイカを五つ置いておいたのです。


この後さらに工作員の一人が男性に追い打ちをかける工作をします。後日この男性はビルの屋上から飛び降りて自ら命を絶ちました。

 

上記の痛ましいエピソードは、この計画に関与した工作員の一人である元探偵が良心の呵責に耐えかねて、『自殺促す仕事に関与した私の懺悔』というタイトルで2005年にネットに投稿した内容からの引用です。


上記のような工作は、暴力団による依頼であったり、個人の怨恨などから特定の人物を殺害する目的で用いられたり、またはある宗教団体が脱退を希望する個人に対して組織的にこの手法を用いて執拗ないやがらせを行うという報告もあります。日本全国で私を含めた一般市民に対して行われている「集団ストーカー」行為においては、また別の実行者がこの手口を利用しているようです。暴力団や個人の怨恨などによる了解可能な例を除けば、私たちのようなごく普通の一般市民がこのような状況に置かれる理由や、実行するための予算の出どころなどを含めて、本当のところは私にはわかりません。

 

上記の「スイカ五つ事件」のあらすじを読んで、一般の皆さんは「なんでこんなことでビルから飛び降りるの?」と思われるでしょうか。工作に加担した元探偵が5チャンネルに書き込んだこのエピソードに対して、「スイカってネタかよw」とからかうようなコメントが寄せられているようです。しかしこの種の工作を成功させるためには、できるだけ荒唐無稽な演出を凝らす方が被害者の証言を周りの人々から信じてもらえなくさせる効果が期待できます。「わざわざ重くてでかいスイカなんか使う必要ねーんじゃね?」というわけです。いかに被害者の証言内容を「アタマのおかしいヒト」のような状況に設定するか、加害者側は工夫を凝らしながら工作のアイデアを練ったに違いありません。

 

一般の皆さんには、このエピソードが作り話などではなくご自分の身に起こる現実に置き換えて想像を巡らせていただきたいのです。


いつも通りに日常生活を送っているある日、面識のない複数の赤の他人からまるでドッキリカメラのいたずらのようなことをされるわけです。しかもいたずらを実行した不特定多数の人たちからは、いつまで経っても「実はどっきりでした!」とか「サプライズ!お誕生日おめでとう!」「脅かしてごめんね」などといったフォローがありません。被害を受けた人は自分の身の回りで起こる事実を身近な家族や友人に話しますが、「そんな馬鹿な」で済まされてしまいます。あまりにも"壮大なからかい行為''を理解できずに混乱し、必死に平静を装うことになるのではないでしょうか。そしてこの日を境に誰からも理解されない本当の意味での「一人ぼっち」の人生が始まります。

 

ここで「集団ストーカー」を証明しにくい理由を一般の皆様に知って頂きたいのです。仮に上記の男性が自ら命を絶つことなく、「集団ストーカー」されていることを証明するためにポストに入っていたハガキを保存していたり、道端に配置されたスイカの写真を撮っていたとします。また工作員が「スイカ!」と叫んだ声をICレコーダーに録音していたとします。皆さんがこれらを見せられたり聴かされたりしながら「私は誰かに狙われているんです」と必死に訴える人を前にして、どう感じますでしょうか。


ハガキもスイカの写真も工作員の音声データも、それぞれ文脈を理解できなければこれらの証拠のひとつひとつは点としてバラバラの事象にしか了解できず、意味のない偶然としか解釈できないのではないでしょうか。ハガキもスイカの写真も「スイカ!」と叫ぶ声も、すべて「だからどうした?」としか言えない出来事だからです。そして「私は狙われている」とか「監視されている」という言葉を聞かされた途端、多くの方は精神疾患を疑う可能性があるのではないでしょうか。私が「集団ストーカー」を知らなかったとして、どんなに親しい友人や家族からであっても、このような告白をされたとしたら深刻な思いで精神疾患を疑うに違いありません。


私たち「集団ストーカー」被害者が必死に訴えれば訴えるほど、このようにしか受け止められないため、誤って精神科の受診を奨励されるわけです。

 

私の例をあげてみます。現在はほとんど消失してしまいましたが、「ほのめかし」工作の例として、自分に対する「仄めかし行為であると思い込んでいる」「偶然の出来事」を一部公開します。

 

ある夜の帰宅途中、駅の改札を出ると数人の若いサラリーマン風の男性が左手から現れ、私の目の前で「じゃ、○○さん、お疲れさま!」と職場の同僚同士が別れるかのようなシーンに出くわしたことがあります。サラリーマン風の男性が口にした「○○さん」とは私の本名です。これは偶然だと言われればそれまでです。


またある日の会社帰り、駅のホームで電車を待っていると、傍らでおしゃべりをしている二人の学生風の男性が会話の途中で「…ムジエモン…」と発音したのを耳にしたこともあります。この「ムジエモン」(私のハンドルネーム)が私を指すのかあるいは他の誰かを指し示しているのかは知る由もありません。


もう一つ、ある朝通勤のため駅まで歩いていると、道幅に余裕があるにもかかわらず後ろから女性に体当りされたことがありました。するとその女性は不自然に私のすぐ前を歩き始めます。見るとぶつかってきたその女性は、私がその当時購入したものと同じショルダーバッグを身に着けていました。

 

このように一見何ということもない出来事ですが、私個人についての何かを演出して意識させることを俗に「ほのめかし」と呼ぶわけです。傍から見ると単なる偶然に過ぎず、本当に偶然のケースもあるのかもしれませんが、いずれも私自身が自意識過剰で、何でも自分のことに結び付けたがると言われそうな状況ばかりです。したがって「偶然が頻発している」としか、当事者以外の方々に対しては表現のしようがありません。


同時にこういった「偶然の状況」を演出する人たちがその場によって異なり、ターゲットが日本中どこへ移動しても同じような現象を経験することから、徹底した隠密性と成熟したシステムが完成されていることが想像できます。


また「集団ストーカー」犯罪加担者の人口の多さと、ちょっとした演技をすることに対する加担者一人一人が自責の念を逃れやすいというカジュアルさが魅力となって、気軽なバイト感覚で小遣い稼ぎをしたり生活の足しにする家族や老人世帯の人たちがいるのかもしれません。

 

いずれにせよ国民に知られては都合の悪い「プロジェクト」の練習台、または実験台なのではと想像してしまうほど、荒唐無稽な現象が跋扈(ばっこ)しているのが、マスメディアでは報道されることのない、日本のもう片方の顏ということになります。

 

「ホノメカシ」という鳥かごから解放されたいと思いませんか?

 

さて、ここからは私たち被害者同士の疑心暗鬼から生ずる“仄めかしのようなもの”についてと、私自身のこの工作に対する考えをお伝えしたいと思います。上記の例ではターゲットの個人情報を使って仄めかし工作が行われますが、「集団ストーカー」の実行者側と私たち被害者側との当事者同士でのみ通用する“仄めかし材料”があるようです。


まず「ほのめかし」のオーソドックスな例としては「鼻すすり」や「咳払い」、すれ違いざまに「バカ」「キモい」「死ね」などの呟き、ターゲットにのみ通用するような服装や持ち物の「色使い・柄見せ」、「8888」や「666」など俗に「ゾロ目ナンバー」と呼ばれるナンバープレートを付けた車両の頻繁な出現、加害関係者がターゲットに対して条件付けを行うための「記号やマーク」などがあります。

 

実は私は重度の花粉症で、春先から梅雨にかけて鼻水が止まりません。またスギ花粉が終わるころからぜんそくのような症状が出ることがあります。ちょうどいま時分も咳と鼻水が出ているのですが、私と接する被害者の皆さんの中には、そんな私の咳や鼻すすりをご自分に対する「仄めかし」行為ではないかと受けとる方がいらっしゃるかもしれません。この場合、私が被害者を装った加害者であり、いかにも被害者のフリをして陰湿にいやがらせ行為をしているのではないかと考えてしまうわけです。


他にも私のブログを見て下さった方の中に、記事の中で掲載した写真の被写体やその配色、文章の中で用いられている絵文字をご覧になって、ご自分に対する「ほのめかし」行為であると解釈される方がおられ、時々ご指摘を頂くことがあります。このような方は、普段の日常生活で目につくあらゆるものに意味を探し求め、ご自分に対する加害者側による恣意的な演出に違いないと考えてしまうわけです。


このように仕向けられることが「ほのめかし」という手法であるとも言え、術中に嵌ると気持ちの休まる暇(いとま)がありません。このような時、私は「集団ストーカー」の被害をこうむるということがどれほど悲惨なことなのかを実感するのです。

 

一つ例えを挙げて私の考えをお伝えしたいと思います。毎回このブログ記事の中で使っている私の好きな絵文字の一つにカエルがあります。もしも「集団ストーカー」実行者側がこのカエルを「ほのめかし」の材料に使い始めたら、私はそれを敬遠しなければならないのでしょうか。


この場合、私がカエルに関するものを敬遠し、カエルの絵文字の使用をやめるとしたら、それは「集団ストーカー」加害者に私の生きるスペースを明け渡すことを意味します。今この記事をお読みになっている被害者さんの中にも、ご自分の誕生日やラッキーナンバーがゾロ目の方もいらっしゃるはずです。しかしそれらを一旦「集団ストーカー」の「ほのめかし」に使用されたからといって自分から遠ざけ、自分本来の自然な気持ちを嫌悪するならば、自分の人生をやせ細らせることになりませんでしょうか。


カエルのモチーフは"私が気に入っている"カエルのマークです。つまり「集団ストーカーの蛙」ではなく、「私の大好きなカエルさん」なのです。

 

私が好きなものを「ほのめかし」の材料に使われたからといって、私はそれを自分から遠ざけたり毛嫌いしたくはありません。私の生きるスペースを「集団ストーカー」加害者に奪われるなどまっぴら御免です。


私は自分の好きな色の服装をし、好きな数字を選び、生理作用にしたがって咳をし、鼻水が垂れそうな緊急事態にはすすり(笑)、頭が痒ければ頭を掻きたい。私のいちいちの行為や見掛けではなく、私という全体としての人間をみてほしい。そう思っています。

image

 

被害者の皆さんは「ホノメカシ」という鳥かごから解放されたいと思いませんか?私は、「ほのめかし」工作はもっとも容易に消去できる被害だと考えています。


もし「ほのめかし」工作に遭遇したときに一瞬腹が立っても、そのときの不快な気持ちは直ちに捨て去り、記録はしっかりつけておく。しかも記録を残しておくことで、以前の自分の心理状態と今の自分のそれとの違いが分かったり、あとでそれを見返したとき、実は被害ではなかったと気付くことがあります。


被害者の皆さんの中には、加害者憎さから不愉快な出来事はなんでも「被害ということにしておきたい」という心理が働くことがあると思います。しかし被害とそうでないことをできるだけ正確に区別しようとする姿勢が、一般の方々にこの事実を理解していただくために必要なのではないでしょうか。

 

私は被害初期の頃、朝の通勤途中で8ナンバーの車が私を追い越していくことがしばしばありました。この頃はすべての人物や車両に怯えきって過ごしていましたので、この8ナンバーの車両も工作員によるつけ回しだと考えていました。しかしある日、この車両は何でもない普通の車両であることが判明しました。それで私は自分の思い込みを修正したことがあります。

 

「そんなこと言ったって、やっぱり私のまわりは全部加害者なのよ」という被害者の方もいらっしゃると思います。それでもなお「正確に区別しようとする姿勢」は大事だということです。


被害と偶然の出来事の区別を曖昧なまま放置して何年間も過ごすと、なんとなく被害感ばかりが膨らんで、自分のことをひたすら惨めな存在に感じてしまうかもしれません。被害とそうでないことの区別をつけることは精神的に好ましく、冷静に周りをみることができるようになるのではないでしょうか。

 

「集団ストーカー」の被害者でなくとも、人生に不幸はつきものです。「集団ストーカー」を知らなかった頃の自分に立ち戻ってみて、自分がされて嫌なことはそれが起こる前にきっぱり断ること。不快な状況にどっぷり浸からず早めにそこを立ち去ること。起こった事実は記録に残し、嫌な気持ちは忘れること。そして本当にこれだけはどうにかしたいと思う被害にのみ焦点を絞り、解決のために行動すること。これは加害者がとても嫌がるターゲットの在り方だと思います。

 

私は、自分の周り360度ぐるりを工作員に囲まれて一斉にスマホのレンズを向けられても、その真ん中で居眠りするくらいでちょうどよいと思っています。このとき実際にビデオが回っていてもいなくても、どのみちターゲットは24時間365日観察されているわけです。このときだけ実際に盗撮されていたとして、今さらなんだというのでしょうか。私なら、外出時にはきちんと化粧をし身なりを整えたら、あとは連中のやりたいようにさせておきます。

 

私が被害を自覚して13日目の2014年3月18日(火)、仕事帰りの電車内でのことです。左隣の座席で、私にぴたりと身体を押しつけながらスマホをいじる工作員をよそに、私は居眠りしたことがあります。どうやらその工作員は私を脅かすために、何かを仄めかすような画面を私に見せつけたかったようですが、私はあえてそれに目をやることなく、居眠りする方を選びました。ここでは、私がどんな画面なのか見たいという誘惑に勝てるかどうかが試されていたと思います。

 

視覚に訴える工作のほとんどすべてに言えるのかもしれませんが、あとから考えればどうせたいした画面ではなく、その時その時のターゲットの気持ちを不安にさせるための画像がほとんどのはずです。このときの私は、本能的に敵を刺激するべきではないと踏んだことと、「知りたい」という自分の中の誘惑に勝とうとしたことで、上記のような行為に出たのだと思います。

 

被害者の方々は、それぞれご自分の被害に対するアプローチの仕方に違いがあると思いますが、私はせめて「ほのめかし」という工作の術中に嵌り込まないことで、被害を受けながらでも、自分の生きるスペースを取り戻すことができるのではないかと考えています。

 

今回は「ほのめかし」という被害に関する私の考えを記事にしてみました。

 

image

 

*この記事でご紹介した「スイカ五つ事件」について

この工作は、星新一のショートショートの一篇に書かれていたもののようです。5チャンネル(当時2ch)で『自殺促す仕事に関与した私の懺悔』 というタイトルで元探偵が立てたスレッドの中にもそのような書き込みがみられます。探偵たちはこの工作を実行に移したのではないかと考えられます。「集団ストーカー」で用いられる「仄めかし」工作はまさしくこのような手口が使用されているため、一例としてご紹介しました。(2018年5月28日追記)

 

 

2018年5月5日に行われたデモの動画です。(再生時間6分50秒)↓

 

私たちが直面している問題を動かすためには世界中のTIが連携する必要があります。こちらもぜひご覧下さい。↓

TI-USA.org

 

8月29日は私たち被害者の日です。↓

FIRST ANNUAL TARGETED INDIVIDUAL DAY AUGUST 29

 

 

 
image

メルカリで周知グッズ出品してます。↓

地味に好評発売中!
右矢印ボールペンをお持ちの方へ。職場などで、周知メッセージが見える角度にした状態で胸ポケットに挿して使ってみてくださいね!チョキ

*メルカリを初めて使用される方はこちらから登録手続きをお願いします。

*お買い上げ頂いた方へ。商品を無事お受け取りいただけましたら、必ずメルカリで受取りと出品者(無字右衛門)の評価をして取引きを終了させて下さい。よろしくお願い致します。m(_ _)m 

 

カエルクローバーカエルクローバーカエル

※どなたもお使い下さい。2タイプあります。このチラシは、集団ストーカーに関するごく初歩的な内容を広く一般の方々に知って頂くために作製しました。以下のイメージは「周知チラシ②(無字右衛門)」より。

image
***

一般の方々にお願いがあります。私たちは、俗に「集団ストーカー」と呼ばれている犯罪の被害者です。日本全国に大勢の被害者がいます。

説明が非常に難しい手口による犯罪のため一般社会になかなか周知が進みません。証拠を確保することが極めて困難なため、現在のところ警察に訴え出ても立件が難しい状況です。マスメディアもなぜか一切報道しません。かりにこの事実を取り上げるメディアが現れたとしても、当のメディア自体に危険が及ぶ可能性のある問題なのです。日本国内だけでなく、世界中に同様の被害者がいます。(*海外では、私たちのような被害者のことは"Targeted Individuals (T.I.)"と呼ばれています)海外では報道されている事実であり、被害者本人たちがネットを通じて顔を出して訴えかけています。しかし日本国内では報道されないばかりか、被害を訴える人々は精神疾患であるなどとして揶揄されるのがお決まりのパターンです。健全な第三者が検証のために介入したことがないにもかかわらず、被害者を揶揄しながら強力にこの事実を否定する人たちがいるのです。そして私が日頃受けている被害状況から、この理由も目的も不明な「プロジェクト」に、税金が注がれているとしか考えられない現象を頻繁に経験させられているのです。被害者は自由を奪われています。どうか知って下さい。私たちは、良識ある一般市民である皆さんに関心をお寄せいただけることを心より願っております。皆さんご自身、ご家族、ご友人、身近な大切な人たちのためにも。

無字右衛門

 

●日本国内だけの社会現象ではありません。海外の一部の被害者さんたちの声です。こちらもぜひご覧ください。(再生時間:2分24秒)↓

A Plea For Help Message From Targeted Individuals

 

カエルこのブログはリンクフリーです。カエル