米私立校「韓国留学生に問題児多い」


米国東部ニュージャージー州のSスクールは、外国から留学に来る学生に対しては、
国際電話を通じてのインタビューを行ってきた。

しかし、この学校は韓国の学生に対しては方針を変えた。
今後この学校に入学しようとする韓国学生は、必ず事前に米国にきて、入学査定担当者
と直接会ってインタビューをしなければならない。

インタビューの目的は、単純に学業修学迫ヘ(英語実力)だけを見るのではない。学校側は
受験者が道徳的に問題があるかないかをまず検討すると明らかにした。
一時期、米国私立学校で韓国学生は歓迎された。学校財政を援助してくれるという理由
からだ。韓国の早期留学ブームとも絡み、韓国学生が大量に集まったのも事実だ。
しかし最近になって、相当数の米国私立学校で韓国学生を拒絶している。韓国学生を多数
受け入れると、学校の雰囲気が悪くなるという認識が徐々に高まっている。
ニューヨーク州のナイアック市Rスクール11学年に在学中の金某(17)君は最近退学処分
を受けた。金君は今年3月に学期が始まって以来、ほとんど学校に行かなかった。
彼は自分のオートバイに米国の友人を乗せては、彼らに無断欠席をそそのかした。このため
米国の学父兄らから「韓国の子供が多い学校に行かせるのはよくない」という非難さえ出
ているという。
早期留学の問題点は既にだいぶ前から指摘されてきた。言語疎通が円滑にできず、学校生活
適応が難して、父母と離れて生活しているので無断欠席が多い。

麻薬や飲酒などに容易に陥って、試験の時は不正行為を頻繁にするので、学校側の悩みの
種になっているというのだ。
その上、最近米国学校は韓国学生たち間での「イジメ」という悪習が米国学生の中にも広が
る可柏ォに対して憂慮をみせている。

ニュージャージー州Sスクールのある教師は「外国で同じ民族の学生たちから除け者になっ
た場合、その精神的苦痛はなんとも言えないほど大きい。人種が違ってもいないのに、どう
してこういう現象が唯一韓国学生間で行われているのか、理解できない」と話した。

有名な名門校であるマサチューセッツ州のD高校は、韓国学生に対する査定基準を大幅強化し、
コネチカット州のR高校は韓国人入学生数を大幅縮小する計画だ。

一部の学校では転学してくる韓国学生に対しては、それ以前の学校での交友関係を調べること
もある。

ある在米韓国人は「多くの米国高校らが財政難を経験しているにもかかわらず、韓国学生を退学
させたり、入学を拒絶または制限することは、無分別な早期留学から出た現象」とし「父母らが
子女の将来を考える上でも、早期留学に慎重を期する必要がある」と強調した。

シン・ジュンドン特派員 < jdshin@joongang.co.kr >


http://japanese.joins.com/php/article.php?sv=jnews&src=soci&cont=soci0&aid=20000601120350400


学期末試験紙を盗んで試験を受け大量に退学処分


戦後、漢字を廃しハングルが全面的に採用され、今日では80%がハングル文
字世代となり、漢字文化との断絶が危惧されている。


. ソウル大学にある63万冊の蔵書の利用率はわずか2%に過ぎないとのことである。



ハングル文字は、李朝時代の1443年に制定されたが、当時は書き言葉は漢文を使用していたので、
ハングルは長らく普及はしなかった。

戦後、漢字を廃しハングルが全面的に採用され、今日では80%がハングル文字世代となり、漢字文化
との断絶が危惧されている。

ソウル大学にある63万冊の蔵書の利用率はわずか2%に過ぎないとのことである。韓国の言葉の
80%は漢字起源であり、表音文字であるハングルを使用すると非常に多くの同音異義語が発生する。

さらに漢字の文化的背景を失ったことによる抽象表現や想像力の欠如や発想そのものの単純化や、
ハングルによる口語的な用法の傾向についての危惧がある


呉善花が書いていたが、日本と、朝鮮半島の、漢字文化の移入は全く異なっていて、
日本は、漢字を自国の文化として完全に移植できたのに対して、朝鮮はできなかった
という点が一番異なるのだそうだ。
 日本は、音読みだけではなく訓読みを開発したために、漢文も和文として読み下す
ことができるが、韓国人はそれが全くできない。
例えば、傍若無人ならば、「傍らに人無きがごとし」と日本語で読めるが、朝鮮では
「ボウジャクムジン」式に漢音でしか読めない。
 日本は千年以上前に自国の文化の中に漢字を組み入れ完全に日本の文化として自立
しているので、中国文化として漢字を排斥する必要はなかったが、韓国人は、組み入
れられなかったので、排斥しようとした。
 朝鮮では、いつまで経っても漢字は中国文化の一環であったから、劣等感の強い基
質の民族であるからこそ、排斥する必要があったようだ。日本は全く漢字に対して劣
等感を抱く必要はなかったが、朝鮮は未だに漢字に劣等感を抱いているということは、
自国の文化に対するアイデンティティーが揺らいでいる証拠なのだろう。
このことは、これからでも半島は、中国文明に飲み込まれてしまう危険性があること
を示している。

■100年前の朝鮮の現実…「肺結核や解熱として小便を飲む。大便を食べる」■「最近朝鮮事情~朝鮮の人々」明治39年 荒川五郎 署より



・衛生観念は全く無く、獣に近い


・勤勉とか責務という観念は無く、雨が降ったらそこらじゅう水だらけになるので仕事をしないで呆然としている。
雨が降ると動かないので雨具が無い。日本の傘を入手すると嬉しそうに周囲に自慢している。 ようするに、治水という概念が無い。
・雨が降って水が濁っても、ろ過して使うという事をしないで濁ったまま水を使う。とにかく衛生観念が無く、伝染病がはびこっている。
・濁っている水だろうが、小便や糞が混ざっている水でも平気で飲む。とにかく不潔で、味噌と糞も朝鮮_人にとっては一緒だ。
・壁は馬糞を混ぜる。壁が固くなるそうだ。
・驚くべき事に小便で顔を洗う。肌のきめが細かくなるそうだ。
・肺結核や解熱として小便を飲む・いよいよ病気が酷くなると、大便を食べる。
・穴で暮らしているから夏は暑く、家の外で寝るが、顔の近くを大便や小便が流れているが、 朝鮮_人にとっては臭くないらしく、平気で寝る。
・小便壷が家の中にあり、客がいても平気で小便をする。また、痰を吐くときは口の近くに壷を持ってくる。
・雨が降るとこれらの不潔物と雨水が一緒になりすねの上まで浸かり、家の中の物が水に浸るが、 洗うという事はしないでそのまま使っている。
・婦人が洗濯をしているので見てみると小便水と見分けの付かない黒い水に洗濯物を揉んだり打ったりしている

全文はこちらで読めます⇒http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40010268&VOL_NUM=00000&KOMA=55&ITYPE=0



■病気の祖母にウンコを食べさせる事が、朝鮮では美談として童話にもなっています

 http://hoi333.blog.fc2.com/blog-entry-79.html


インドで建設中の橋が崩落、死傷者多数 07年から工事と


インド西部ラジャスタン州の行政当局者によると、同州コータで建設中の橋が崩落、
少なくとも6人が死亡、最多で50人が行方不明となった。11人が救出された。橋の
残がいを除去し、生存者などの捜索を行っているが、死傷者が増える恐れがある。

死傷者の多くは作業員で、水死の犠牲者もいるとみられる。働いていた作業員の総数は
不明。橋の残がいの約9割部分がチャンバル川に落下、残りは河岸などに散ったという。
崩壊の原因や橋の水面からの高さは明らかでない。

橋は2007年から建設中で、インドの高速道路行政を担当する国家機関、韓国企業、
インド企業の合弁事業となっている。


コータの地元警察当局者は、建設業者の手抜き工事などを想定、捜査を開始した。
首都ニューデリーから南西へ約400キロ離れているコータは工業都市として有名。


ソース:CNN
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200912250020.html


aver/ニューシース(韓国語)[特派員コラム]米国の中の日本
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LPOD&mid=etc&oid=003&aid=0000640848


▲(ニューヨーク=ニューシース)米国に住んで日本人の恩恵を受ける時がある。米国社会の日本に対す
るイメージがよいからだ。教育環境など韓国人にとって良い町として知られた場所は、たいてい日本
の人々が先に住んでいた所だ。ニュージャージーのバーゲン郡やニューヨークのウェストチェスター
郡がそうだ。企業の駐在員が特にたくさん住んでいたバーゲン郡のフォートリー (Fort Lee) は、本
来日本人がたくさん暮らしていたが、今や韓人が主流をなし、すでに中国人が入って来ている。新し
い異民族が進入する度に先住異民族が別の良い環境を探して少しずつ移動する傾向は、歴史の中の白
人と黒人の居住地の流れともそっくりな傾向を見せる。

▲私が住むウェストチェスター郡もやはり韓国人が増えて、日本人たちは北に移る成り行きだが日本の
香りを強く感じる。ニューヨーク一円の日本人は韓国人の5分の1位だが、肌で感じる日本の文化は私
たちの5倍にはなるようだ。米国へ来た初日、子供が通う小学校で一ヶ月間を‘日本の月’と指定して
子供達が日本文化を集中的に学ぶのを見て羨ましく複雑だった覚えがある。

▲その学年には日本の子供は一人もいなかったが、どれだけ日本の影が濃く垂れたらこのような教育を
するようになるのか知りたいと思った。日本人の父兄はたとえ数が少なくとも、PTAの様な父兄会の集
まりに熱心に参加して日本文化を紹介するにも積極的だ。政府と公共企業の後援をもらって米国人教
師たちが日本に短期研修するプログラムもたくさんある。日本の支援の中でその文化を直接・間接に
体験した米国教師が‘日本ファン’にならないわけがない。

▲問題は相当部分、韓国から渡った日本文化を固有で独創的な文化だと考えることだ。甚だしくは韓国
文化を日本の亜流と考えたりする。韓人が多い街を除けば、米国人たちの脳裏にある東北アジアには、
日本と中国しかない。妻がある日、学校で韓国と日本の歴史と文化の話をしたら、教師らが目を回し
たと言う。それほど大多数の米国人には韓国と韓国文化はまだあまりにも不慣れな存在だ。

▲韓国人があまりいない町内に住むことで感じるさびしさよりは、うちの家族を通じて韓国のイメージ
が作られる、と考えれば時々、生活自体が愛国ではないかという気がする。学校で集まりがあれば必
ず参加して、各種行事では韓国文化を紹介し、韓国食品を持って行くことも忘れなかった。焼肉とキ
ムチはいつもあっという間に品切れになって、公園でカルビバーベキューでもすれば米国人たちはに
おいだけでも半分は魂を奪われる。

そんな姿を見る度に、私たちの文化がもうちょっと効率的に米国社会に紹介されて根付くためにはひ
とりひとりの努力は勿論、政府次元の長期的な投資と接近が必要だという気がする。

▲このごろブロンクスのニューヨーク植物園(NY Botanical Garden)で米国人たちの賛辞の中に開かれて
いる‘菊(Kiku)’展は、日本が彼らの文化を紹介するためにどれほど綿密に長期的な戦略を立ててい
るのか、よく示している。‘キク’は国花、菊の日本語だ。今回の展示会で満開の様々なスタイルの
キクはおよそ5年の間、丹精を込めたものなどだ。

「菊はこんなふうにも育てられるのか」と驚く米国人は、菊の美しさだけではなく日本人の魂と情熱
を感じて1500年の歴史を誇るという日本の園芸史を学ぶ。展示場には菊だけでなく各種の盆栽と日本
の紅葉‘楓’が色づき始めたし、おびただしい‘竹切れ(Bamboo Sculpture)’が人々を圧倒する。

▲植物園入り口から「Kiku」と漢字「菊」が壁に貼られ日本式の燈が掲げられており、ここは日本の古
宮と言ってもそのまま信じてしまいそうだ。しかし、米国人たちの感動が大きいほど切なさは大き
くなる。これまでロサンゼルスの韓人団体が郡内植物園に韓国式庭園を造成する事にして2万6500ドル
の基金を渡したと言う。日本と中国の伝統庭園はあるのに、韓国庭園だけないという現実に刺激を受
けた韓人たちが集めた真心だが、伝統樓閣や大型池などを設置するためには1500万ドルがかかるとい
い、どれくらいの歳月でそのお金を用意できるか前途は遠く見える。

やや苦い感じで植物園を出てくる途中、唯一の「コリア」を見つけることができた。いつどのように
植えられたかは分からないが、二本の韓国松(Korea Pine)が植物園の建物の左側の方に凛々しく生え
た姿がどんなに嬉しかったか……落落長松の壮観な姿に息苦しかった胸が少しはひろがるようだった。

関連サイト:ニューヨーク植物園 http://www.nybg.org/kiku/
http://www.nybg.org/images/kiku/kiku_image_lg_08.jpg
http://www.nybg.org/images/kiku/kiku_bamboo_01_lg.jpg

ソース:naver/ニューシース(韓国語)[特派員コラム]米国の中の日本
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LPOD&mid=etc&oid=003&aid=0000640848

■クリスティン・リー氏の著作…「滅亡の帝国-日本の朝鮮半島支配」■



私は、アメリカの大学院で指導教授たちに言われた次の言葉を、今なお忘れることが
出来ません。

「日本の植民地は、その後いずれも経済発展したではないか。そんな結論の出ている
問題を今更どうして研究するのか?」

米国の名門ラトガース大学のダン・ローデン教授は、私が博士論文の主題
について日本が朝鮮半島を植民地支配した時代の教育と女性問題について
研究したいとの計画を説明すると、このように反問しました。

「文明のシステムを、日本の植民地主義は朝鮮半島に導入したのではないか。
スペインやアメリカ、イギリスは日本のように本国と同じような教育システムを、
植民地に導入しようとはしなかった。
当時の朝鮮半島の人々は、文明のシステムを独自の力で導入するのに失敗した。
日本の植民地主義を経ずに、あれほど早く文明の世界システムに入れただろうか?」

私は、この発言に怒りが込み上げ懸命に反論しようとしたが、頭の中が真っ白になり
感情だけが高ぶったのを覚えています。

そんな論文を書いたら、韓国に戻れなくなる!との不安が一瞬心をよぎりました。


論文の相談をした別の経済学専攻の教授は、

「植民地化された国家の中で韓国と台湾ほどに発展した国家はない。アメリカや
イキリスの植民地で、台湾や韓国ほど発展した国があるか?」とまで言うのでした。

私の不満そうな表情を見たローデン教授は、次のようにも問いかけました。

「日本の植民地支配を非難する韓国人の留学生の一人が、自分の父親が
東京帝国大学出身であると自慢げに話した。

これは、暗黙のうちに日本が導入した文明のシステムを評価していることになる。
本来なら、東京帝大を卒業した父親を非難すべきではないか?」
こう言われてみると、確かに東京大学はもとより、京都大学、早稲田大学、慶応大学を
卒業したことを誇りにする韓国人は少なくないのです。

当然韓国の側に立ってくれると思った第三者のアメリカ人学者の発言は、ショックでした。






◆社会経済の変化推進…植民地時代のプラスの遺産強調 ◆


■「日本帝国の申し子」…カーター・J・エッカート米ハーバード大教授 著■

 【ソウル=黒田勝弘】日本の朝鮮半島支配は朝鮮(韓国)に近代的変化をもたらした-日本統治時代
の朝鮮における資本主義経済の形成と発展を研究、分析することで歴史の「暗」だけではない「明」
も明らかにしたカーター・J・エッカート米ハーバード大教授(朝鮮史専攻)の“幻の名著”である
「日本帝国の申し子」が近く、日本の出版社(草思社)から翻訳出版される。

日本の朝鮮支配の歴史については今なお日韓の間で評価に対立が続いている。歴史教科書の記述や
政治家の発言などをめぐってはしばしば外交紛争にまでなっている。「日本帝国の申し子」はいわば
“第三者”である米国の専門研究者が、日本支配がもたらした肯定的な面について実証的、客観的に
紹介したもので、日韓の歴史認識論争にも影響を与えそうだ。


原書は一九九一年に米国で出版された。日本統治時代の代表的な民族資本といわれた京城紡織株式
会社(京紡)とその経営者である高敞金氏一族の歴史を膨大な資料や証言などに基づいて緻密
(ちみつ)に研究したものだ。


エッカート教授は序文で「植民地時代における朝鮮人と日本人のかかわりはきわめて複雑で微妙
な性質を有していた」とし、韓国で一般的な「抑圧と抵抗」だけの国粋主義的な歴史認識を批判す
る一方、結論では「植民地時代の工業化の意義は多くの学者によって過小評価されている。この時
期の工業化が今日の韓国経済の形成に果たした役割はきわめて重要である」と指摘し、日本統治時
代のプラスの遺産を強調している。


本書は「偏りのない歴史研究」として日米などでは高く評価されてきたが、韓国では「日本の植
民地支配を擁護するもの」として批判され、断片的な引用はあっても本格的な翻訳出版はいまだ
実現していない。


エッカート教授は著書で、日本統治時代に関する韓国側の従来の研究について「陳腐な通説と
歪曲(わいきょく)された歴史認識によって歴史的意義が覆い隠されてきた」と批判。朝鮮に対
する過去の日本の役割について「圧制者であると同時に社会経済の変化の推進者でもあった。
帝国主義による植民地支配はすべての朝鮮人に苦痛をもたらしたわけではなく、人々の階層に
よってその影響はさまざまだった」とし、歴史に対し「正と負の遺産の両面」を含む多角的な
見方を強調している。


 同教授は一九六九年から七七年まで韓国に滞在した。当時の韓国経済の発展状況に触れ、その
「歴史的起源」を日本統治時代に求めるかたちで研究を進めたという。現在、ハーバード大コリア・
インスティテュート(朝鮮研究所)所長である。

◆金完燮 『親日派のための弁明』(草思社)◆


私達は歪曲された教育によって、1905年韓日保護条約と1910年韓日併合が、日本の強圧によって
締結されたものであると信じているが、事実はまったく違う。
(中略)
朝鮮の初代統監になった伊藤博文は、政治的、財政的に日本に負担になる朝鮮合併を望んでいなかった。
合併は一進会など朝鮮の革命勢力が要請したことで、安重根の伊藤博文暗殺によって日本の世論は急速に
合併に傾いていったのだから、安重根は自分が望むのとは反対の愛国を実現した。

日本統治により朝鮮は多大な発展をとげた。30年余りの間に1000万足らずだった人口が2500万人に増え、
平均寿命は24歳から45歳に、未開の農業社会だった朝鮮は短期間に近代的な資本主義社会と変貌した。
日本から優秀な教師が赴任して朝鮮人を教育し、日本政府から莫大な資金が流入し、各種インフラが建設された。
1920年代には日本への米輸出で財をなした大金持ちが次々と現れ、その基礎の上に民族資本が成立した。

こんにちの日本の問題は反省と謝罪がないということにあるのではなく、過去に対する清算があまりにいきすぎた
ことにある。謙虚と言うよりはむしろ自虐というべき考えは、すべてアメリカによって押し付けられた植民地史観と、
それによる自己卑下の結果である。日本が経済だけではなく政治、文化、軍事において堂々たる自主独立国家に
なる為には、何よりも歴史に対する自負心を回復することが早急な課題である。
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