思いがモノに重なっていくと、モノはなにがしかのプラスアルファがついてきます。
“オーラ”とか“気”と表現する人がいるかもしれません。見えないけれど、敏感な人はなんとなく漂うものを感じるのでしょう。

それを取り除くのが、掃除です。

数年前、“そうじ力”という言葉が流行りました。断捨離とか、カレン・キングストンの本とか、掃除がブームになった頃ですね。

“そうじ力”。
舛田光洋さんが提唱した掃除法です。部屋は自分自身を表わすので、整理整頓することで部屋=自分を調和する、というもの。「ありがとう」と気持ちをこめるとよい。仕上げに部屋の隅に塩を置くとなおよい、と。

なかなか面白い内容だったので、数冊読み、実践もしてみました。塩だけは、梅雨どきだったせいもあり、やりませんでしたけれども。

効果のほどはわかりません。3日坊主ならぬ3ヶ月坊主で、けっきょく1年後には元の散らかった部屋に戻ってしまったので。
でも、いくらかきれいになりましたし、気持ちのほうもすっきりしました。

そこで思ったこと。

精神的な波動、善念や悪想念が、モノに付いたとき。
ほこりや汚れを取り除くように、まわりにたまった気を取り除くのが、掃除のもつ隠された役割なのではないでしょうか。

とくに水は、どうやら霊的なものを物理的にどける力があるらしいのですね。だから掃除も、ぞうきんで水拭きをすることによって、モノに加わったプラスアルファをいったんリセットするのだと思います。
神社の手水舎で手や口を清めるのは、たぶん本当に清めているのでしょう。
私たちが顔や体を洗うとさっぱりするのも、そういう理由があると考えると、納得がいきます。「1日の疲れを洗い流す」という言葉は、比喩ではなく、実際にしているのでしょう。

不思議ですね。昔は「そんな目に見えないこと」と無視していたジャンルですが、あるかもしれない、と考えるようになりました。

水だけでなく、音(鈴、柏手、音楽など)や、香りなども意味を持つようです。これ以上は不勉強なので、書きませんけれども。
ただ、気持ちが落ち着くものは、良いものだろうと思っています。

モーツァルトの名曲“アイネ・クライネ・ナハトムジーク”の冒頭が、私は好きです。あれを聴くといつも、光がはじけるさまを連想します。
部屋の空気が一新されて、すがすがしくなった――そんな気がするのです。