題名の通り、父がちょうど一年前に急性リンパ性白血病を発症しました。60歳でした。

 

このブログを見に来てくださっている方は、きっと本人や身の回りの人が同じ病名と診断されたから見にきてくださっているのでしょう。

 

父が白血病と診断されてから、私も私の母もそんなみなさんと同様に色々なことをネットや本などで調べました。

 

しかし、なかなか詳しく書いているところは見つかりませんでした。特に仕事、傷病手当や保険などのお金のこと、具体的な病気の症状、骨髄ドナー探しのことなど、、、、、

 

私たち家族の経験談をシェアして、今現在、白血病と闘っている人やそのご家族の助けになれば幸いです。

 

闘病している本人(父)とその家族それぞれの目線からブログを更新しています。

 

ちなみに父の今の病状は、無事に今年2020年の6月12日に退院し、自宅にて治療しています。よく白血病関連のブログや小説のノンフィクションを読んでいると著者は20✖️✖️年に亡くなりました。と最後のページに書いていて悲しい気持ちになりますが、安心してください。ちょっと事情ありですが、父は今でも元気です!!!照れ

 

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病気が発見されるまでの経緯はここを読んでください。

 

今日は骨髄移植の話をしたいと思います。

 

白血病は血液ガンの一種です。

他のガンと同様に放射線治療や抗がん剤治療を行います。

 

しかし病気の進行具合や疾病のタイプによってはこれらの治療だけでは完治させることは難しく、治癒する可能性を高めるために骨盤移植を医師に勧められる場合があります。

 

私の父は医師から骨盤移植を勧められました。

この治療は他の治療法に比べて、非常に強い副作用や合併症が生じることがあります。

なので父の意思と主治医の意見を聞きよく相談してから、この治療を行うことを決めました。なぜなら、父の場合、抗癌剤治療や、放射線治療で、たとえ寛解になったようにみえても、再発する可能性が非常に高く、それを防ぐには、移植するしかないという、医師の見立てでした。

 

 

この治療をする!と決めたからと言って、すぐに手術というわけにはいきません。

 

まずはドナー探し!

 

よくドラマや映画でドナーの話が取り上げられる理由が当事者になって分かりました。

ドナーが見つかって移植までいたるのは本当に奇跡なんです。

 

そもそも骨髄移植をするには、父とHLAという型があっているドナーを見つけなければいけません。HLAの型があっていないと移植された側の体がそれを異物とみなして、拒否反応を起こしてしまいます。最悪の場合、それが原因で死に至ります。なのでHLA型が一致するドナーさんを探さなければいけません。

しかし、血液型と違って種類がたくさんありなかなか一致しません、1番可能性の高い実の兄弟ですら1/4の確率です。

ちなみに全ての型が完全に合っていなくても、拒絶反応が起こらなさそうな(起こってもそこまでではない)違いくらいなら移植は行えます。(主治医の判断)

 

父の場合、まずは、1番見つかる可能性の高い父の血縁者からドナーを探すことにしました。

 

もちろん私も父の血縁者なのでドナーになることができるか調べようと思いました。

 

私は父が病気になる前から趣味で献血をしていました。

その時に骨髄バンクにもドナーとして登録していたので、献血センターに自分のHLA型を問い合わせてみました。

しかし、献血センターからは教えられないと。。。理由はHLA型は移植医療現場では非常に重要な情報で一般に知られてしまうと臓器売買や公平な移植医療が危うくなってしまうからでした。そのためドナー本人ですら教えてもらうことはできません。

 

残念。。。

 

ということでHLA型が一致するか調べるために、新たに自費で検査しなければいけませんでした。

検査自体は、綿棒を口の中に入れて2、3周かき回すだけで説明も含めて10分ほどで終わりました。

その綿棒を検査機関に送って1週間後に結果が送られてきました。

 

結果は全滅。。。。

娘の私だけでなく父の兄弟姉妹ですら移植が行えそうなくらい一致している人はいませんでした。

 

検査代1人分が38500円!

もちろん任意検査なので自費です。

 

この検査に15万円くらいかけました。

検査をする前、医師から親子でもほぼ合う確率はないと言われていましたが、いざ一致しないと少しショックでした。

 

ドナー探しはお金もかかるし、確率的にもかなり厳しい。

 

 

という事で、骨髄移植は、残念ながら、諦めなければならなくなりました。次に提案されたのは、臍帯血移植でした。