遅らばせながら更新しています!
移植+23日目です!
白血球→8830個
(通常3500~9000)
好中球→6181個
赤血球→368万個
(通常450万~550万)
血小板→10.7万個
(通常14万~44万)
今日は朝から
「家に帰りたいな」と言う。
今日もきつい。吐き気やダルさ、そして熱、体のむくみがある。
『今が一番移植の一連の治療の中できついと思う』とぽつりと言った。
骨髄が生着するまで、目標もあったし頑張れたんだけど、今はこの体のダルさが
一体いつまで続のか、とても不安になるみたい。
しかも、移植後は本当に色々な事がおこるし、人によって違うから、このキツさがいつまで続くって
言うのがはっきりしない。
今、タケちゃんは、暗い暗いまるでミラーハウスみたいな迷路をくるくるまわっているのだろう。
私もその手を一緒につないでいるつもりなんだけどね。
夜は利尿剤をいれて沢山おしっこを出す。
又38度の熱がでて、きついようだ…
でもタケちゃんはラッキーボーイだ。
ドナーが身近にいたのだから…
少しだけ前の話
骨髄移植の話が出た時に、まずお姉さんの白血球の型を調べよう!と言う事になり、
タケちゃんの姉に来てもらって型を調べた。数週間後、結果は「不適合」…
次はバンクに登録する事になったが、バンクも早くて半年待ちなのだと言う。
今の落ち着いた体調で移植をするのが、優先だったので、半年は待てない。
もしかしたら半年以上かかるだろう。ドナーさんも普通に生活をしている方なので、ぎりぎりで、
考えが変わって、断られるかもしれない。。。
結果、「臍帯血バンク」に頼る事にした。
幸いにも移植できる臍帯血が存在するらしい。臍帯血について私は色々と調べた。
一つ気になるのは、移植して血液が立ち上がるまでの期間だった。
骨髄液で2~3週間
臍帯血で3~4週間
臍帯血は量が限られているから血を作る馬力が少なく
時間がかかってしまう。菌をもっての移植をするタケちゃんには厳しいな…と正直思った。
それでも臍帯血に頼ろうと思った。
2人の赤ちゃん分の臍帯血を移植すると、成績が良い。という文献を見つけて、先生に訴えた。
この病院もそのプロジェクトには参加しているとの事だが、それが許されるのは、型が合っている、
臍帯血の量が少なく、一人分の移植にみたない場合に出来るそうで、タケちゃんの移植する臍帯血は量が足りているそうだ。成績も変わらないらしい。
白血病で亡くなられた、本田美奈子さん。お笑い芸人の「カンニング」の中島忠幸さん。
二人ともたしか臍帯血移植をされて亡くなっていた。恐くなった。
臍帯血の中にはとても凄い造血細胞がいて、移植後の拒絶反応も少ないらしい。
移植が成功した方も本当に沢山いらっしゃる。いい事もあるのだ。
それでも主治医は「骨髄液と臍帯血、二つが目の前にあったら私は骨髄液を選びます」と言われた。
臍帯血を選ぶしか無いと言う状況でこの言葉は辛かった。でも確立はゼロじゃない!
大切なのはあきらめないこと!臍帯血がある事で、希望はつながっている。
登録してくれたお母さん方に感謝しなければ。
色々、調べていた中ふと目についた人がいた。
骨髄バンクを日本に初めて作った、大谷貴子さん 。
大谷先生の闘病講演
をネットで見つけて読んでいた。大谷さんも自身が白血病で移植をうけていた。
そして『奇蹟的に実母と一致!』と書いてあった。
そんな奇蹟もあるもんなのかと… でもこの資料が私の頭にはずっと残っていた。
もしかしたらいとこが合うかもしれない…といとこ達に集まってもらって、型を調べるために、
タケちゃんの両親に来てもらっていた。両親はまず合わないだろうと、調べる予定は無かった。
移植前の話し合いの時に、大谷先生の話を思い出して、ふと先生に
「両親は調べられないのですか?年齢ですか?」と私は聞いた。
先生は「調べてもいいけど、お父さんは手術してるから出来ないよ。お母さんは何歳?」
義母は「58歳です」と答えて、ぎりぎりいけるらしく、まあ、調べてみてもいいよって事になった。
その日はいとこの採血だったので、義母の分の採血キットは用意してなく、
しかたなく母は帰ろうと病室を出て、エレベーターの所にいた。
そこに、呼吸器科の主治医の先生が追いかけてきてくれて、採血をする事ができた。
その日は義母の誕生日だった
私はタケちゃんに、「お母さんが合う気がする。偶然には思えない」等と言いながらも、
気持ちは「臍帯血」になっていた周りにもそう言っていた。
それから3週間後に外来にいた私にタケちゃんからメール
「お母さんとHLAが合った」
そっか~ とぼーっとしながら、とても嬉しく、義母も喜んでいた。
そして、母からムスコへ再び命が与えられ、第二の誕生日を迎える事が出来た。
今日は、移植+23日
今日は本当にきつい一日だったけれど、タケちゃんはきっと大丈夫!
乗り越えていこうね。
今日も私は病室に泊まる。
移植+23日目です!
白血球→8830個
(通常3500~9000)
好中球→6181個
赤血球→368万個
(通常450万~550万)
血小板→10.7万個
(通常14万~44万)
今日は朝から
「家に帰りたいな」と言う。
今日もきつい。吐き気やダルさ、そして熱、体のむくみがある。
『今が一番移植の一連の治療の中できついと思う』とぽつりと言った。
骨髄が生着するまで、目標もあったし頑張れたんだけど、今はこの体のダルさが
一体いつまで続のか、とても不安になるみたい。
しかも、移植後は本当に色々な事がおこるし、人によって違うから、このキツさがいつまで続くって
言うのがはっきりしない。
今、タケちゃんは、暗い暗いまるでミラーハウスみたいな迷路をくるくるまわっているのだろう。
私もその手を一緒につないでいるつもりなんだけどね。
夜は利尿剤をいれて沢山おしっこを出す。
又38度の熱がでて、きついようだ…

でもタケちゃんはラッキーボーイだ。
ドナーが身近にいたのだから…
少しだけ前の話
骨髄移植の話が出た時に、まずお姉さんの白血球の型を調べよう!と言う事になり、
タケちゃんの姉に来てもらって型を調べた。数週間後、結果は「不適合」…
次はバンクに登録する事になったが、バンクも早くて半年待ちなのだと言う。
今の落ち着いた体調で移植をするのが、優先だったので、半年は待てない。
もしかしたら半年以上かかるだろう。ドナーさんも普通に生活をしている方なので、ぎりぎりで、
考えが変わって、断られるかもしれない。。。
結果、「臍帯血バンク」に頼る事にした。
幸いにも移植できる臍帯血が存在するらしい。臍帯血について私は色々と調べた。
一つ気になるのは、移植して血液が立ち上がるまでの期間だった。
骨髄液で2~3週間
臍帯血で3~4週間
臍帯血は量が限られているから血を作る馬力が少なく
時間がかかってしまう。菌をもっての移植をするタケちゃんには厳しいな…と正直思った。
それでも臍帯血に頼ろうと思った。
2人の赤ちゃん分の臍帯血を移植すると、成績が良い。という文献を見つけて、先生に訴えた。
この病院もそのプロジェクトには参加しているとの事だが、それが許されるのは、型が合っている、
臍帯血の量が少なく、一人分の移植にみたない場合に出来るそうで、タケちゃんの移植する臍帯血は量が足りているそうだ。成績も変わらないらしい。
白血病で亡くなられた、本田美奈子さん。お笑い芸人の「カンニング」の中島忠幸さん。
二人ともたしか臍帯血移植をされて亡くなっていた。恐くなった。
臍帯血の中にはとても凄い造血細胞がいて、移植後の拒絶反応も少ないらしい。
移植が成功した方も本当に沢山いらっしゃる。いい事もあるのだ。
それでも主治医は「骨髄液と臍帯血、二つが目の前にあったら私は骨髄液を選びます」と言われた。
臍帯血を選ぶしか無いと言う状況でこの言葉は辛かった。でも確立はゼロじゃない!
大切なのはあきらめないこと!臍帯血がある事で、希望はつながっている。
登録してくれたお母さん方に感謝しなければ。
色々、調べていた中ふと目についた人がいた。
骨髄バンクを日本に初めて作った、大谷貴子さん 。
大谷先生の闘病講演
をネットで見つけて読んでいた。大谷さんも自身が白血病で移植をうけていた。
そして『奇蹟的に実母と一致!』と書いてあった。
そんな奇蹟もあるもんなのかと… でもこの資料が私の頭にはずっと残っていた。
もしかしたらいとこが合うかもしれない…といとこ達に集まってもらって、型を調べるために、
タケちゃんの両親に来てもらっていた。両親はまず合わないだろうと、調べる予定は無かった。
移植前の話し合いの時に、大谷先生の話を思い出して、ふと先生に
「両親は調べられないのですか?年齢ですか?」と私は聞いた。
先生は「調べてもいいけど、お父さんは手術してるから出来ないよ。お母さんは何歳?」
義母は「58歳です」と答えて、ぎりぎりいけるらしく、まあ、調べてみてもいいよって事になった。
その日はいとこの採血だったので、義母の分の採血キットは用意してなく、
しかたなく母は帰ろうと病室を出て、エレベーターの所にいた。
そこに、呼吸器科の主治医の先生が追いかけてきてくれて、採血をする事ができた。
その日は義母の誕生日だった
私はタケちゃんに、「お母さんが合う気がする。偶然には思えない」等と言いながらも、
気持ちは「臍帯血」になっていた周りにもそう言っていた。
それから3週間後に外来にいた私にタケちゃんからメール
「お母さんとHLAが合った」
そっか~ とぼーっとしながら、とても嬉しく、義母も喜んでいた。
そして、母からムスコへ再び命が与えられ、第二の誕生日を迎える事が出来た。
今日は、移植+23日
今日は本当にきつい一日だったけれど、タケちゃんはきっと大丈夫!
乗り越えていこうね。
今日も私は病室に泊まる。