こんばんは麦野です。
美容室のため出かけましたが、終わってからは真面目にお勉強。
文学のレポートのために伊豆の踊子を読んでいました。
文章の良し悪しはなかなかわかりませんが、最後の第七節は美しいように思えます。
特に下記の部分が好きです。
「私はどんなに親切にされても、それをたいへん自然に受け入れられるような美しい空虚な気持だった。」(川端康成『伊豆の踊子』本文より)
主人公は「孤児根性」による苦しみから逃れたい思いで旅に出ました。
長年苦しんでいたものだから、この旅だけで克服はできてはいないでしょうが、
それでも踊子たちとの時間を経て、孤児根性がない時の感覚を一瞬でも得ることができたのだと思います。
それが美しい空虚な気持ちだったのでしょう。
親切を自然に受け入れられたと一瞬でも感じられたことに救いを感じさせられます。
麦野自身の人生経験での話ですが、人の優しさを「優しさ」として受け止めるには強さがいるように思います。
優しさのかたちはわかりやすいものばかりではないですからね。
耳の痛いことを言われる優しさを、素直に「優しさ」と受け止めるには、「強さ」もっというなら心の中に「余白」がなければ、それをそのままのかたちで受け止められないと思うのです。
受け止められずに反発してしまうことは麦野自身の人生でもよくあったことでした。
それが「孤児根性」とそのままイコールではないと思いますが、それでも共感できる気がしました。
主人公がその後どんな人生を歩んだのかはわかりませんが、この旅が人生のステージを一段上げるきっかけにはなったのではないかなと思います。
レポート自体にはまだ手付かずなのですが、しみじみ考えることが多い時間でした。
明日にはレポートを完成させたいな。
頑張ります。