ありがとう | 年中夢中★

ありがとう


1年経ちました。

去年の今日、私は、楽しみにしていた、地元での

ASIAN KUNG-FU GENERATIONのライブに行けませんでした。

いつものように、仕事に行こうと、帰りにライブだから、

ちょっとだけ、化粧をちゃんとしようとして準備していた所でした。



この日から、ばあらんと逢えなくなりました。


年中夢中★


もう1年です。


大切な人が亡くなると、毎日泣いて暮らすのだと思っていました。

私は、ばあちゃん子だったので、

本気で、ばあちゃんが死んだら、私も死ぬのだと思っていました。

「もう、行かなくちゃ」と言うばあちゃんに対しても、

「ばあちゃんが死んだら、私も死ぬ」とそう言って、

子供のように、いつもばあちゃんにしがみついていたのに。


本当にそうなった今も、私は、こうしてブログを書いています。



あまり、寂しくはありません。

こんなに逢いたいのに、「寂しい」と思うことはほとんどなかった。

毎日、毎日ばあらんのことばっかり考えているからかな?


だけど、寂しくはないけど、悲しいです。

ばあちゃんを失ってしまったと、そう思うと悲しい。

誰かに、ばあちゃんを取られてしまった。

奪われてしまったと、そう思ってしまうのです。

どうしようもない、出来事の前で、何もできない、できなかった事が悲しい。

寂しくないし、いっつもばあらんがいるような、そんな感じなのに、

だけど、どうしても逢えないことが、悲しいです。寂しいです。



いろんなことをいろんな人が言ってくれたけど、

結局、悲しみも、喜びも、思い出も、私だけのものなんだとそう思います。

「ばあちゃんは幸せだった」と人は言ってくれるけど、

やっぱり私はばあらんの言葉以外は信じられません。

生まれてから、ずっとばあらんが大好きで、今でも大好きで、

その私が、そう思えないのに、ばあらんの事をぜんぜん知らない人が、

どうして、そんな事わかるんだろうと思ってしまうし、

「きっと側で見守ってくれている」って言ってくれるけど、

そんな風にも思えませんでした。

きっと、私が今も、ばあちゃんの側にいたいと、もがいているだけで、

やっぱり離れたくないと、私が駄々を捏ねているんだと思うのです。


うまく言えないけど、


ばあらんと逢えなくなって、この世界に生きる意味はなくなったけど、

消えてなくなってしまえる訳じゃないことも、事実で、

悲しみの中に閉じこもっていられれば、そっちの方が楽だけど、

私が泣いていると、悲しむ人もいて、

私がばあらんを思うように、私の事を思ってくれている人がいる事も知りました。

そう思うと、ばあらんがもっともっと愛おしくなりました。

生まれてから、ばあらんのいない世界で生きたことがなかったから、

わからなかったけど、

私の周りには、好きなものや、人がけっこうあった事に、

1番大切なものを失って気が付きました。

そのおかげで、こうやって笑っていられる事を知りました。

だけど、それも、みんなばあらんがくれたんだと、そう思います。


私は、ばあちゃんの孫になれて本当に幸せや。

ばあちゃんの孫としてこの世に生を受けて、

こうして一緒に生きてこられて、本当に幸せでした。

親でも、兄弟でも、友達でも、恋人でもなく、孫でいられて幸せです。

こんなにステキな人に、愛おしい人と過ごせた事が、

私のばあちゃんでいてくれたことが、本当に幸せです。

こんなダメな私に、こんな愛しい、かわいいばあちゃんをくれて、

本当に幸せです。

もっと、もっと、もっと一緒にいたかったなぁ。

ばあらん。

ばあらんが大好きです。

ばあらんが大好きです。



大切にすると、言ったのに、怒ったりしてごめんね。

いっぱい大切にしてもらったにに、

何もしてあげられなくて、ごめんね。

ばあらんと一緒にいたかったから、最後に辛い思いをさせてごめんね。

ばあらんといると楽しかった。

いっぱい大事にしてくれてありがとう。

私の帰りをいつも待ってくれてありがとう。

私にすることをくれてありがとう。

いっつも側にいさせてくれて、ありがとう。

ばあらんは私の事好きだったかな?

私は、ばあちゃんが大好きです。

わかってくれてたかな?

ばあちゃんを独り占めしたかった。

もっと、いろんな所に行きたかった。

わがまま言って困らせてほしかった。

おいしいものを食べさせてあげたかった。

三ツ矢サイダーをいっぱい飲ませてあげたかった。

もっと大切だと、伝えたかった。

一緒にいっぱい話したかった。

もっと一緒にいたかった。


ありがとう。

ありがとう。

ばあらんに逢いたい。

大好き。