てきとーなかんじ-101027_1547~01.jpg

まとめますと、大阪 夏の陣で討死した真田幸村
翌日に幸村の長男も自害

真田幸村の血脈を受け継ぐのは次男の大八のみ

大阪城落城の混乱の中、幸村の息子 大八や娘の阿梅たちは伊達政宗の治める仙台藩へと逃れて片倉小十郎のもとに託され、白石で育ち、 その存在を守られていた


幕府にとって徳川家康を窮地に追い込んだ真田幸村の男子である大八は見逃せない存在

その大八を守るために、政宗と小十郎があらゆる偽装工作で守ろうとした

小十郎 保護のもと、真田大八は片倉久米介と改名、成人後は守信と名乗った

守信は生涯 真田姓を名乗ることはできなかった

伊達家臣になった守信は、いまの蔵王町を領地として与えられ、屋敷を構えた

日本一の兵と呼ばれた真田幸村の血脈が、そうやって蔵王町に根ざし育まれた

念願の真田姓を再び名乗ることを許されたのは、守信の子 辰信の晩年で、幸村討死から97年後だった





ってことらしい。

だいぶ要約したけど、とにかく真田家と白石市、蔵王町には深いゆかりがある…というわけです。


勉強になった←