シャカの奇跡から十日ほど過ぎた頃……。
もう仔猫たちは上階に慣れ切って、エアコンの上に登ったり、僕の部屋の襖を破ったり、二階から三階へと走りまくったり、と、やりたい放題だった。
これに最も反応を見せたのがミロクだった。
ミロクは仔猫たちに唸り声をあげ、威嚇するが、危害は加えない。対する子猫軍団は大人の猫が好きで、皆に寄って行こうとする。
結果、ミロクはその場を逃げる、という具合だった。
だが、これは、あれだけ過去に面倒を見てもらったセラフに対して、嫌がっているのに追いかけたりするといった、自身が行っていたことが自分に返って来ているように見え、まさに釈迦の教え『因果応報』を、弟子である弥勒菩薩が学んでいる一場面のようだった。
夜の数時間だけ、シャカは上階を訪れていた。
やはり先住猫に危害を加える素振りを見せなかったが、隙を見れば授乳している……。だが、夜にシャカと仔猫を離して寝かせるようにしてから、それも減ってきているように思える。
シャカの大食は収まり、その顔は少し丸みを帯び、ガリガリだった体にもやっと脂肪が付き始めたようにも見える。
そんなシャカだったが、やはり上階に入るときは、扉の外からすんなりと入って来るわけではない。いつも開いたままの扉から中を伺う素振りをして、「早く入って来て」と言っているのに、そこで寝そべる始末だ。
また僕がトイレに行っていると、なぜか扉を開けて中を覗く。どうやら僕が中で何か悪さをしていないか気になるようだ。
そんなある夜、同じようにシャカを上階に招いてやろうと奮闘していると、珍しくセラフがその扉を横切った。
一応、面識はあるのだが、あまり顔を見せないセラフに対して、シャカがどのような反応を見せるか、と警戒していたそのとき、
「ふにゃ~ん」
と、初めて聞くような甘え声でシャカがセラフに声を出したのだ。
それに対して無反応で通り過ぎたセラフを横目に、
(無反応で通り過ぎるセラフ)
(なんだ今のは……?)
と驚きを隠せない僕がいた。仔猫を呼ぶときの声とは違う。明らかに甘え声……。そんなシャカを全く無視し、皿に向かいご飯をむさぼるセラフの後ろ姿を見ながら、
(セラフは……家の猫の中では最も見た目と毛並みが良い……。いわゆるイケメン……)
「シャカ!お前はイケメン好きなのか!?」
猫にもそんなのがあるのか?と、笑わずにはいられなかった。仔猫たちはイケメンよりもおおらかなスノ、ホーリーを好んでいるようだ。
(おおらかなスノ)
(笑うホーリー)
このシャカの反応は一度限りではなく、セラフを見るたびにそんな鳴き声を出し、その都度、無視されたが、魅かれて部屋に入るようになり、やはり先住猫に対しては威嚇も攻撃もすることなく(僕には威嚇する)、
子どもたちに囲まれて鬱陶し……、いや、幸せそうに机の下に陣取るようになり、その場所で昔のようにチュールを食べるようになった。
(子猫に邪魔されながら、鬱陶し……幸せそうにチュールを食べるシャカ)
ゆっくりでいい。
ゆっくり慣れればいい。早くトイレも覚えて……、皆と仲良くなって……。そして……何年後でもいい……、寒い夜には一緒に寝ようシャカ……、アスラのように……。