◇編集会議 2025 10/11 四谷の事務所にて
悩み、苦しんでいる時にこそ、“本物”が読める
那=那智タケシ(無我研代表・作家)
高=高橋ヒロヤス(無我研メンバー)
土=土橋数子(無我研メンバー・ライター)
佐=佐々木弘明(無我研メンバー・未知日記研究者)
●AIは自分の頭で考えてない?
高 今、情報理論の本を読んでいるんだけど。
那 情報理論?
高 そう、今のインターネットとか通信技術とかの、その発想の元になった考え方。要は情報というのを量的に捉える。信号として捉えるためにはどうするか。だからそれまでは情報というのは知識とかさ、知っていることを伝えるとか、漠然としていたんだけど、それを完全にデジタルの数値と確立の考え方で統一した。それが情報理論の始まりなんです。
那 ふーん。
高 それがでもね、20世紀の前半だからまだ100年も経っていないんですけど、それが世界を変えてしまっている、というね。
那 情報が世界を支配し始めている。
高 うん。だから質より量の世界ですよね。1冊本を読むより、100万冊のデータをぶっ込んで、吐き出した方がいいものが書ける、という発想。
土 うーん。
那 AIだね。
高 AI。今、そうでしょ? まぁ、でも、それが本当の知能と言えるのかどうか、というのはまた別の話だから。
土 知能なんですかね?
高 そもそも知能って何なんだ?ってところですよね。
那 でもさ、俺もよくチャットGPTとかグロックとか調べ物で使うけどさ、考えてないよね、この人たち。
土 有料ですか?
那 無料。本当に既存のデータを組み合わせているだけで。
高 そうだね。
那 ちゃんと考えている答えではないなっていつも思う。
土 ああ……
那 ネット検索のまとめサイトみたいなものでさ。考えて何か新しいことを、ネットにないことを生み出しているわけではないから。
土 外国のニュースで、コンサルがAIに頼って作成した資料に間違いがたくさんあって(シドニーのニュース。AIに頼って作成した学術論文の参考文献の1割が虚偽のものだった)、値引きされたというのが出ていて、みんなやっているんですかね? コンサルも。
高 世の中、考えないような資料でも通用しちゃう、という現実があって(笑)
土 その間違いを発見した人がすごいですよね。AIの間違いを。
那 けっこう、間違っていること多いよ。特に現代的なことはチャットGPTは間違えたり、曖昧に濁すことが多い。
土 そうなんですか?
那 チャットGPTは昔の情報と今の情報をブレンドしているから、最新の情報に弱い感じがする。いろいろ設定もできるのかもしれないけど、グロックの方が最新の情報には強いし、論旨が明晰な感じかな。自分が使ってみた感覚では。
高 まぁ、読み込むデータの質によって全然違うからね。
土 私は今、「身体を温めることが健康になる」みたいな本を仕事でやっているわけですよ。昔の人の体温を調査した資料が参考書籍の中にいくつかあって、その元データを探していたんですけど、なかなか見つからなかったんです。それでチャットGPTに聞いてみたんですね。そしたら「3つくらいあります」と書籍の名前を出してきたんですよ。それで「この書籍は実在しますか?」って聞いたら、「すみません、実在しません」って返ってきて(笑)
高 (笑)
土 「健康と何とかの調査」何々著って書いてあって、えっ、こんな本あるのかな?と思って探したら、アマゾンにもどこにもないので「実在しますか?」「実在しません」って。
高 何だそれ(笑)
土 めちゃくちゃですよ、だから。
那 それで、間違いを認めなかったりするんです。
高 だから事実が何かとかね、そういうものを頼るのはまだまだ駄目ですよね。ただ既存のフォーマットのある文章を要約してくれ、とか、並べ直してくれ、とかそういうのはすごい使える。
那 そういうのには使えるね。
高 読み込んだものを機械的に吐き出しているだけから、何を読み込ませるかで結論が違ってくるのは当たり前で。だから、あるものをまとめるとか要約するとか、並べ直すとか、そういうのは確かにできるけど、それは別に知能ではないからね。
土 うん。
高 前も言っているけど、人間の創造的能力をAIにやらせよう、という発想自体がおかしいんだよね。そういうのをやらせたがるけどさ。音楽を創ったり、映画を創ったり。でも、それは劣化にしかならない。
土 そうですよね、どう考えても……
那 ユーチューブとか、映像系は特に「このアニメを実写化してみました」とか、これ、素人でもすぐに作れちゃうんだ、というレベルで作っちゃうから。すごいな、とは思うけど、いいのか悪いのかよくわからない(笑)
佐 (笑)
土 何の為にそれを作っているんですか?
那 ショート動画で「チェンソーマン」とか出てくると、「そっくりじゃん」とか、「こういう感じで合ってるじゃん」とか、再生回数が稼げるわけですね。
土 ああ……声明を出してましたよね? アニメのを使うな、とか。
高 日本のアニメはすごい使われているとか、アメリカのアニメはあまり出てこないけど。
那 あと声優が「勝手に自分の声がAIで使われている」と。「それはもう私の声じゃないのに、私の声と言われているのが許せない」とか。著作権もない感じでやられちゃっているから。
土 そうですよね。
那 やりたい邦題。
●オリジナリティとトレース問題の本質
土 江口寿史のトレース問題はまた別ですよね?
高 あれもAI使ったらすごい効率よくできちゃうね(笑)
土 江口寿史風にお願いします、みたいな?
那 何か、あまりに騒がれ過ぎてて、かわいそうな気がしてきちゃうんだけど。昭和のノリでやっちゃったんだろうけど。
高 ああいうの、見つけるのがみんな好きだから(笑)
土 うん。
高 過去のも掘り返してさ。
那 何かさ、オリジナリティもない人だ、みたいに見られちゃうのが納得いかなくて。
土 ええ。
那 江口寿史ってめちゃくちゃ絵が上手くてさ。
土 そうですよね。
那 江口寿史のタッチがあるわけじゃない? 俺、「ストップひばりくん」の頃から見ているから好きなんだけど。あれはゴッホのタッチと同じで、「江口寿史のタッチだね」っていう一つの型があるわけじゃないですか? それを発明したこと自体がすごいのであって、まぁ、年老いて、新しいモデルを雇うのが面倒臭いのか何か知らないけど、自分の定型を繰り返すだけの人になっちゃったかもしれないけど。
土 うん。
那 創造性と言うか、そういうオリジナリティはやっぱりあるわけで。
高 本人としては、まぁ、それがあるんだから、別に既存のものを使っても俺のものだろう、という意識だったんだろうけどね。
土 そうですよね。
那 まぁ、最低限断ってOKもらわなきゃいけなかった。
高 権利関係の問題だよね、だから。
那 それを無視して勝手にどんどんネットにあるものを使っていたら、それは問題になるよね、いずれ。70くらいだろうからその感覚もなかったのかもしれないけど。
土 ポージングとか、服とかカバンとか、スタイリングとか、おじいさんでは思いつかないですものね。
高 側に一人誰かいて、「そういうのまずいんじゃないですか?」って言う人がいれば違ったのかもしれないけどね。
那 売れてる頃なら編集者が付いていたり、カメラマンとかモデルを雇えたりさ、できたかもしれないけど、そこまでじゃないとしたら……
高 でも、あれだけ最近もすごいいろんなところで、いろんな仕事してたんだな、ということはビックリしたけどね。
土 そうですよね。
那 柏市の70周年記念のポスターとかもやっていて、結構重宝されていたのかな?
高 すごい量の仕事していたから、やっぱり。
那 お金はあったんだろうね。量で間に合わなくなっちゃったのかな?
高 そうそう、だからそういうものも使わないとたぶん、追いつかないくらい……
土 ああ……仕事受け過ぎ?
那 あの人、絵が古びてないじゃん。今でも新しい、と言うか。センスとか才能はあるんだけど、何かが欠落している……
土 トレースって言っても、写真って、空間を決める・・・熊谷守一なんかも縁取りしてるじゃないですか? あの縁取りが熊谷守一の真骨頂で、縁取りというのは、死ぬ間際に「あれは空間なんだよ」って言ったという逸話があったんですけど、何か「そこを決めておく」ところって、たぶんあると思うんですよね。それでタッチが生まれてくる。みんなこうしてトレースすれば誰でもできるかって言うと……
那 できない、できない。
土 見極め方と言うか、空間と物体との隙間をどんなタッチで描くか、というのが彼の腕なんでしょうね。
高 トレース自体が悪いということではなくてね、やっぱり承諾なしに色々使っちゃってたっていう、そこだけですよね。
土 そうですよね。
那 特定班が楽しんでいるってところもあるんだよね。見つけた、見つけたって。
高 掘ったら出て来るからみんな喜んじゃって。盛り上がって。
土 盛り上がっちゃいますよね(笑)そういうの探してあると。「同じやん」みたいな感じで。
高 あれもこれもって。そういうの好きだから。
●フェイク情報が蔓延する世の中で……
(AIの話や、世界全体の流れの話から)
那 マクロレベルでは中々変わるのが難しい。だからミクロレベルから変えよう、ということで、こういう本(メンバーに読んでもらった新作の原稿が入ったノートPCを指さす)とかを出しているんだけど、中々ね、マクロの流れが強過ぎてさ(笑)
土 まぁ、そうですよね。
高 少数の個人が変わっていくしかない、という……
那 超人になろう、みたいな話なんだけど。
土 グレタさんとか?
那 グレタさん?(笑)まぁ、個人のことはともかく、ああいう人がいてもいいんじゃない、と思うけど。叩き過ぎな気がするね。
土 まぁ、そうですよね。
那 何か、「石油とかおまえだって使っているじゃねえか」とか、「飛行機とか船乗って」とか、そういうことじゃないじゃん? それも幼稚な話で。
土 うん。
那 中国には突っ込まないじゃないか、とか、いろいろあるけど、ああいう活動をするというのは並大抵ではないですよ?
土 そうですよね。
那 でも、ユーチューブとかでもフェイク動画が多すぎて、野球なんかでも「大谷さんがこんな風に賛美された」とか、全部嘘だったりする。
高 (笑)
土 ああ……
那 これフェイクだったの?みたいな。再生回数増えれば何でもいいから「大谷は神である」とかこの人が言ったとか、言ってないのに、ソースがないのに全部作っちゃってるから。
高 (笑)
那 何が本当だかまったくわからない、というレベルの動画がたくさんあって、このままだともうユーチューブ終わりだな、とか思っている。
土 ユーチューブの仕組みそのものが……
那 だから、せめてその元情報というか、ソースがないものは禁止しないと、何が真実で何がフェイクだかわからないから、この媒体自体が終わると思うんです。陰謀論系とかは何が真実とかは難しいところもあるけど、そういうのちょっと取り締まって欲しいよね。
高 うん。
●痛みの体験がないと、他者への共感ができない人間になる
(現代人の自然との繋がりの欠如、リアリティの体験の欠如の話から)
土 この間、佐賀の同級生との同窓会があって、ライングループができたんですけど、秩父に住んでいる人が景色の画像とかポンポンと上げてくれて・・・たとえば夕日の写真とか、「帰省しました」って、線路の写真とか、何かいいな、とか。それはこの世代だから、田舎で育って、小さい時に走り回った仲間だから、幼少期の経験があるからできることなのかな、と思いましたね。同じデジタルを活用するにしても。幼少期にそういう体験がないと、うちなんか都会で育ってたりすると……それなりに楽しく過ごせてればいいですけど、ずっとスマホだけみたいな人もいっぱいいるでしょうからね。
那 AI人間が出始めているんですよ。
高 (笑)
土 AI人間?
那 AI人間。何か人間じゃなくて、人間の振りをした生き物が増えてきてる気がする。昔、『魔界水滸伝』という小説があってね。
土 うん。
那 クトゥルー神話(20世紀にアメリカのパルプ・マガジンの小説で創作された架空の神話)というのがあってね、クトゥルーの化け物たちが地球に攻めてくる、と。それを先住民族と言われる天狗とか、蛇の神とか、日本の神々たちが食い止めるために戦う、という栗本薫のメチャクチャな小説があったんですけど。
土 ええ。
那 クトゥルー神話にインスマウス人というのがいるんですよ。
高 うん。
那 爬虫類みたいな。どんどん乗っ取られて、人間の振りをしているんだけど、にやっと笑うと何か人間じゃないみたいな、不気味な・・・
土 うん。
那 それで正体を現すとインスマウス人だ、と。
土 うん。
那 こわっみたいに思ってた時期があったけど。今、インスマウス人みたいな人が増えてきているんじゃないかなって……
高 うん。
那 人間の振りをしているけれど、人間じゃない何か。人工的な。
高 うん。
那 それって何か、こういう情報だけで構成されて、自我という核もよくわからない、何か功利的な、笑顔の上手い、一見、人よりも上手く生きているように見えて魂がないような、もちろん愛もないけど、でも、一見優しく見える。でも、いざとなったら恐ろしい冷酷さを発揮する、みたいな。何か非人間的な何かが芽生え始めちゃっている気がして……それでさっき言った自然の中で遊ぶとか、転んで怪我するとか、たとえば昔は運動会で騎馬戦とかさ、組み体操とかあったじゃないですか? 落ちて怪我したとか、ピラミッド組んで下の子が骨折したとか。
土 うん。
那 でも、それで戦ってアドレナリンが出て、面白かったぁーとかっていう体験があったのが、「怪我すると危ないからあれもやめましょう、これもやめましょう」ってなっていって・・・佐々木君の時代って騎馬戦はあったの?
佐 ありましたね。
那 そういうのもどんどん、公園とかも「危険な遊具をなくしていきましょう」とかなくなっていって、祭りとかも最近、亡くなった人も出たけど、「危ないからやめていきましょう」ってなっていくと、傷というものとか、痛みというものを感じる体験が減っていって、他者に対する痛みの共感ができない人間がどんどん出てきて、功利的な情報だけを詰め込んでいくと、インスマウス人的な人たちがどんどん増えちゃう気がして・・・怖いですね。ちょっとホラーな感じがしますね、時代が。
高 うん。
土 SFですね。
那 SF。ホラーファンタジー。
高 肉体的な怪我だけではなくて、精神的にも「弱者のことをもっと考えろ」とかさ、「そういうこと言うと傷つく人がいるんだ」とか、そういう取り締まりもけっこうきつくなっているね。
土 ああ……
高 「人を傷つけるようなことを言うべきじゃない」とか。そういうこと言うと何も言えなくなる、と言うか。
土 (笑)
那 言葉狩りとかね。筒井康隆じゃないけどさ。言葉だけ変えても、心の中は変わっていないとしたら、外面だけ良くしているだけじゃないですか?
高 うん。
那 ある意味、偽善なんですよね。心の中では差別的なものの見方をしていても、言葉上はそうでない表現をしていくと嘘の関係になっていくというか、人間というものに立体感がなくなってくるような感じが昔からしてたけど、最近、それがもっと加速化している気がする。本当にその方向でいいの?って。表面的に傷つけないことばかり求めていくと、何か本質的なものがどんどん見過ごされていく気がするんです。
もちろん、差別的な用語を表立って使うのは反対ですし、人を傷つけるのは絶対に良くない、という大前提があった上でね。もっと本質的な部分を見つめる必要があるんじゃないかなって。
●悩み、苦しんでいる時にこそ“響く”文学作品
(今、人が本を読めなくなっている、という話から)
那 最近読んだ記事で、難病の人がいっぱい入院している共同の部屋で、その人が『カラマーゾフの兄弟』を読んでいた、と。普段は、「まえがき」を読んだだけで回りくどいし、こんな回りくどいものを何で俺が読まなきゃならないんだ、と。作者でさえ「回りくどいまえがきだが」みたいなことを言っていて、何だ、と。
高 (笑)
那 それが難病になった時に読んでみると、こういう時こそなぜか読めるんだ、と。くどくどしいのが。
土 そうですよね。
那 健康な時には読む気なかったけど、そうなった時にはどんどん入って来た、と。要は、全然違う種類でも、悩み、苦しんでいる人が書いているのがわかるから、響くんだ、と。それで、ずーっと取り憑かれたように読んでいたら、周りの人が「何読んでいるの?」って聞いてくるから「ドストエフスキーだ」って言ったら、「じゃあ、貸して、貸して」となって、普段、本なんか読んだことがない人がみんな『罪と罰』とか読み出して、その病室がみんなドストエフスキーを読んでいて、それに気づいた看護師さんが「何、この文学的水準の高い空間」みたいに驚いたって話があって。
土 ああ……
那 だから、そういう時になると、入って来る。そこにはやっぱり悩みとか苦しみがあった上で、それに真剣に向き合った人が、小説という物語世界でどう超えるか、とか、葛藤とか、それを超えたあとの愛とか、宿っているものがあるから入って来る。それは普段、上手くいっている人は別にドストエフスキーはいらないんですよね。
土 そうですよね。
那 精神的に普通に生きている人はいらないのかもしれないけれど、いざ自分が病気になったりして苦しんでいる時に、急に読めるようになる。はまるレイヤーがあるので、それってやっぱり生きた人間だけが宿せる文章というものがあって、それは病気だけではなくて、若い時、思春期にいろんなことで悩んだり苦しんだりしている時こそ、ドストエフスキーとかリルケとか、そういった文学がはまるというのはそういうことでさ、安定した大人になって、週末ゴルフ行くか、みたいな人は・・・
土 (笑)
那 家族もいるし、かわいいペットもいるし、満足している、みたいな人はドストエフスキーは読まないかもしれない。幸福で、満足しているから必要ない。それはそれでいいことだとは思うんです。でも、そういう人がいざ、自分が病気になったりして入院した時に、急に「罪と罰は」とか言って、読み出しちゃうのが面白いなって。でも、文学ってそういうものじゃないですか?
土 まぁ、そうですよね。
那 そういう人にこそ働きかけて、救うというか、共感させるだけの力がある。まぁ、音楽とかもそうかもしれないですけど。
土 音楽とかもそうですよね。
那 それはAIが書く正しい文章、とか、そういうことではないんですよね。それって、「それっぽいもの」と「それ自体」というのはやっぱり厳然とした差がある。だから、まぁ、できれば大人になる前にそういうものを読んでおいた方がいいっていうのはそういうことですよね。
高 うん。
那 それに触れておけば、いざ大人になってもその要素が自分の中にあるし、いざとなったら引き出しの中にあるし、引き出せる。高橋さんが「今、ドストエフスキーは読む気がしないけど」とか、「今、読みたい」とかあるのはさ、自分の心理状況とかさ、あるんだよね。
高 うん。
那 ある程度安定している時はいらないな、とか。でも、いざ落ちた時にやっぱり人を救ってくれるものって、それくらい深いものじゃないとだめなことってあってさ、それがこの世界にちゃんとあるってことが大事で、あるいは、「そこにちゃんと置いてあるよ」ってことを知らせてくれる、「いざとなったらこれだよ」って言ってくれるような大人がいないと本当はだめなんだけど、今、大人もチャットGPTに悩みを相談していて、もしかすると先生だって、「子供と上手くやるにどうすればいいですか?」って聞いているかもしれないから。それこそ文化レベルがものすごく下がっている。
●小さな図書館だからこその「出会い」
土 図書館とか大事ですよ。
那 大事ですね。
土 図書館ってそういうためにあるらしくて。危機に陥った時に、過去のそうした智慧を得るために図書館ってあるから。
高 うん。
土 ああいうものを今、どんどん外部委託したりとか、司書さんも食べられる分だけの給料がもらえなくて、非正規だったりとか、すごいたいへんなんですよね。
那 割と小さい図書館っていいんですよね。何でかって言うと、宗教とか仏教のコーナーに行ったら、置いてある本が限られているんですよ、ある程度。
高 うん。
那 国会図書館行ったらたいへんでしょ? 検索とかはできるかもしれないけど。
土 (笑)
那 目的がある人ならいいよ? 先月話してたけど、佐々木さんが「未知日記」のことを検索しに行ったりね。でも、何となく悩んで、仏教とか禅とかって探している時に、目に飛び込んでくる本ってあるんですよね。
高 うん。
那 俺も道元の『正法眼蔵随聞記』とか、地元の市民図書館で見つけて読んでいるんですよ。何か面白そうだなって思って。それって、アマゾンとかでは絶対買わないし、高かったり、中々手に入らなかったりもするけど、読んでみるとすごい面白い。「病気の親がいるんですけど、出家したらだめですよね?」って質問されたら「いや、病気の親を捨てても出家しなさい」とか言っている。
土 (笑)
那 こんなこと言っているんだ、みたいな。一般の入門書みたいな本には書いてないんですよ。だって今の時代と合わないから、書籍化しないんですよ。でも、原文の現代語訳を見ると、「もう坐禅しかないから」とか、「絶対坐れ」「病気の親は放っておいてもいい、坐禅だ」とか言うわけ。それ、今の時代に言ったらやばいじゃないですか?
高 (笑)
那 「でも、あなたは仏縁でそれに出会えたんだから。それがお父さんお母さんの功徳になる」と。こういうリアリティって、原文見ないとわからないところがあって。
土 うん。
那 でも、わざわざそんな本なかなか買わないじゃないですか? そんな分厚い、難しそうな本。でも、これくらいの人だからたぶん『正法眼蔵』を残せたのかな、と思いますけど。徹底しているんですよ。
土 ええ。
那 だから小さい図書館に行くと、そういう一番濃いものだけが置いてあったりするし、一般向けじゃないものも読める。法然とかもね。だからいざという時に、小さい図書館で文学のコーナーでも宗教のコーナーでもぶらりと行くと、いい出会いがあるかもしれません、という話ですね。困った時は、小さな図書。お勧めです。
(メルマガMUGA第171号掲載記事)