バレンタインなので♡
去年、1日遅れて書いたお話w
再UP↑するね~♪( ´ ▽ ` )ノ
ジムニーを駐車場に停め、二重にかけたドアのロックを外す。二時間ばかり外出してきた。
この春、就職する予定の二十歳くらいの女性が田舎から上京するにあたり、小さなアパートを借りたらしい。その防犯に呼ばれた。
防犯ショップを開設し、五年が過ぎた。
ショップといっても従業員はいない。店長個人だけが経営する、いわゆる一人親方だ。
防犯コンサルタントも兼ねて仕事をしているが、そんなの建前。資金洗浄が目的だった。
ドアが閉まったのを耳で確かめて、物の位置が僅かでも変わってないか視線で確認する。
いつものルーティンといえば聞こえはいいが、職業柄、自分以外信用できない。
外出前と風景が一致。ホッとする。作業道具をテーブルに置いた瞬間、見慣れない箱が視界に入り心臓が一気に跳ねた。
「え、」
中央に鎮座する、黒い小箱。
キョロキョロと周囲を見回した。誰もいない。当たり前だ、自分はしっかり施錠した。
「おかしい。外部から侵入があった場合、予めスマホに入れておいた防犯アプリが作動して、僕に知らせるはずなのに…」
侵入は不可能に近い。
防犯依然に僕の目は騙せない。あらゆる配置、数ミリに至るまで記憶しているのだから。
だとしたら、すでに侵入者がいたことになる。
剥き出しの二階に視線を向ける。足音を立てず、一段ずつ素早く鉄階段をかけ上った。
壁沿いに並んだ棚には、数多くの商品が並んでいる。人が隠れるようなスペースはない。
二階から見下ろす。人がいた痕跡はない。
「そんなはずない。誰かがここにいた。二重のロックを解錠し、すり抜けた人間が」
警察は騙せても、警察すら欺く自分の上をゆく人間がいるという事実に眉間をしかめた。
「一体、誰が」
テーブルの前に立ち、箱に鼻先を近づける。
「この匂い、チョコ……か?」
リボンの紐をシュルリと解く。
黒い箱に黒いリボン。女性にしては想いを微塵も感じさせない、悪趣味なプレゼントだ。
箱の中を見ると、トリュフの形を模した二色のチョコレートが入ってる。茶色と赤の。
五分近く、見つめていただろうか。
もはや思考は侵入したことより、毒などの異物混入を疑ってた。クンクン嗅いでみる。
鼻腔に入った粉に蒸せて、軽く咳き込む。
色んな顔が脳裏をよぎる。仕事上、感謝されることと同率で恨みを買うことも多い。
人の弱味に漬け込み、ここでしか手に入らないと囁き、原価の倍近い値で売りつけた。
「……あっ、手紙」
縦三センチ、横五センチの小さな青い紙片。
チョコの下で見つけた。二つ折りの紙を開くと『毒なんか入ってませんよ』のメッセージ。
……入ってないと言われると益々怪しい。工具箱から、タガネドライバーを取り出す。
チョコレートの粉末をスライドガラスに乗せ、顕微鏡で覗く。次に特殊な液体に混ぜて振ってみたが、いずれも毒は検出されなかった。
「毒なんか、入ってませんよ。毒なんか入ってません。毒、毒……入ってませんよ」
言い回しが、記憶の網に引っかかる。
チョコを少しだけ噛る。舌にほのかな苦味が広がる。甘味がないと思うのと同時に、濡れた唇を思い出した。
仕事終わりに立ち寄ったバーのカウンターで、同じく会社帰りらしき男に声をかけられた。
無視しようかと思ったけど、彼の持つ雰囲気や話に興味がわき、意外に盛り上がった。
スーツにメガネを身につける、堅物で頭の良さそうな男。男は『研究所の主任』と名乗った。
「へぇ、セキュリティの」
赤いグラスを揺らしながら、男が頷く。
「だったら、ウチの部屋のセキュリティ全般、榎本さんにお願いするか。プロから見ても十分完璧だと思うけど、念には念で」
そう言って、一気にグラスを飲み干す。
「セキュリティに完璧なんてありませんよ。蟻一匹入れる密室は、その時点で突破されたようなものです。完璧なんてあり得ません」
目の前のグラスをじっと見つめる。
「それはマズイな。ワタシの部屋には、まだ世に発表されてないデータが沢山あって……」
神経質そうな瞳が、メガネの奥で揺れる。
「行きましょうか?」
「いやけど、仕事帰りなんだろう?」
「泥棒は待ってくれませんよ。そもそも貴方の都合なんて、泥棒は考えてませんから」
店の前でタクシーを拾い、男のマンションに向かう。車は二十分ほど走り、到着した。
そこは、都市開発でリニューアルされたばかりの高級住宅地。一等地のマンションだ。
男はマンションの南側の部屋で、最上階に住んでた。早速ドアの鍵回りをチェックする。
「カード式で解錠、内側にもロック四つ。これでダメなら、網膜スキャンを導入しようか」
ドアに身体を傾けて、男が楽しそうに笑う。
「そうですね。より強固な防犯が可能でしたら、そっちを僕はオススメします」
「おいおい、冗談で言ったんだけどな。防犯は君に任せる。ほら上がれよ、飲んでくだろ?」
言った本人は、さっさと部屋の奥に消える。
「お邪魔します」
靴を揃えてから玄関に上がった。
そこから先は....
正直あんまり覚えてない
棚には膨大な数の資料と
部屋の隅のパソコンと
ファイルにDNAの文字
それらに霞みがかかり、浮かんでは消える
出された酒は妙に苦いのに、唐突に塞いできた濡れた唇は、チョコレートみたいに甘くて。
「防犯なんて建前で、ホントの目的はマネーロンダリングで荒稼ぎなんだろう?」
男の体重と、微かな香水の香りが混ざる。
「な、に……飲ませた……?」
ゆっくりと揺れる身体が近づいてくる。
「毒なんか入ってませんよ」
ククッと僅かに口角を上げる。
腹の上にある重みがようやく消えたのは、男が出勤でシャワーを浴びる、一時間前だった。
スマホの着信音で我に返る。
「はい。え、今夜…ですか?」
電話の相手は青砥純子。ここに向かうついでに、一緒に夕飯でもという内容だった。
残りのチョコレートを口に放り込む。毒なしのチョコ。いや、これは毒なしじゃない。
……親指の腹で人差し指を擦る。
じゃあ何でさっきから僕の唇は
こんなに痺れてるんだろう?
アイツか
フフッ....
そうか、そうだったのか
「すみません、青砥さん。ある人物に僕の密室が破られてしまったので、これからその犯人を捕まえに行ってきます」
すっとんきょうな青砥の絶叫を全部聞かぬまま、通話を切る。……が、高揚は収まらない。
バレンタインは昨日だったはず。なぜ今日なのか。けど彼ならきっと、こう言うだろう。
『天才科学者のワタシと凡人を一緒にしないでくれ。ワタシは、ワタシのやり方でやる』
どんなトリックを使ったんだ
僕の目を騙すなんて、一体
ああ、ゾクゾクする
会えばわかる
「神楽龍平。フフッ、……面白いヤツだ」
おしまい