久しぶりに過去のお話をします。
お母さん。
私が生まれる4年前に
生まれたお兄ちゃん。
元気で女の子みたいな顔した
男の子だったらしい、
生後まもなく数日熱が下がらず
それが理由で脳に異常をきたし
知的障害が残ってしまいました。
そして、私。
生まれる前に口唇口蓋裂
だと言うことが分かり
患者さんの写真や
病気について聞かされ
病院を紹介され
パニックとショックで
お父さんに
"私の力不足で子どもを二人も
障害のあるこにしてしまって
ごめんなさい"って
言ったそうです。
お父さんは、
なにも言わなかったそう。
私が生まれて
まだ口唇の閉じていない
私と対面した
お父さん側のおじいちゃんは
吹き出して笑ったんだって。
"目もとが笑う程、せがれに
そっくりやわぁ"って。
それ聞いて、嬉しくて
泣いちゃったんだって。
いくら説明したからといって
しかめ面をされるかと、
黙り込まれるのではと、
不安だったみたい。
矯正治療がいたくて
でも痛いって言わずに
黙って涙を流す私を見て
うちにかえってから
おばあちゃんに泣きながら
電話してたよね。
"私があのこにワガママを
言えない体にしたのかな、"
"普通に生んであげられたら
痛い思いしなくて済んだのに"
絵が上手く描けたから
見せに行こうと思ったんよ。
それで聞いちゃって。
6歳だったけど今でも覚えてる。
私も、辛くて泣いたよ。
お母さん、ごめんなさいって。
小学校の生活科の授業で
自分アルバムとして
生まれた時からの写真を
集めて作るっていうのがあって。
お母さんは少しでも
良く写ってる写真を
選んで持ってきてくれたのに。
私は、怒って泣いたよね、
可愛くない!気持ちわるい!
誰にも見せられない!って。
受け取った写真を
泣きながら突き返した。
結局、写真を貼らずに
絵だけで仕上げちゃって。
それでもお母さんは
上手く出来たね、って
笑ってくれたよね。
中学に入る前の手術の前日
私は治療について
すごいワガママをいった。
手術なんて受けたくない、
また中学で顔が変わっただの
何か言われるぐらいなら
中学にも行きたくない。
ほんとに聞き分けなく
大泣きして、困らせたね。
私が寝てから辛くて
先生に話したんだよね、
お母さんだって泣きながら。
それを当日先生が私に
"手術が怖かったのかな?
大丈夫だからね。"なんて
言い方しちゃったもんだから
勘の良かった私は
お母さんが先生にチクった!
なんて責めて
入院中はほとんど口を
聞かなかったね。ごめんね。
高校在学中に
進学先を遠くに決めたから
卒業したら一人で暮らす
って言ったとき
この町で暮らすのが
しんどいなら、それでもいいね
心機一転リフレッシュして
新しい所で自立生活するのも
社会勉強だしね って
快く了承してくれて。
私、びっくりしたんだよ。
絶対反対されるって思ったから。
でも、一緒にお酒飲んでて
お母さん、言ったよね
本当に、出ていくの?
正直言うと私は3人の
子どもたちの中で
あなたに一番目をかけた。
辛いことを滅多に辛いって
言えなくて抱え込む子やし
頑張ってすぐ体壊すし。
一生懸命育ててきたのに
こんなに早く手放すなんて…。
って。
だからだったんだよ。
お母さんに楽させたかった。
私はもう、大丈夫だから
お兄ちゃんを見てあげて、
妹とも買い物行ったり
色んな話してあげて、
って。
だからたまに待ち合わせて
ランチしたり買い物すると
前よりオシャレして来る
お母さんを見るのが好き。
思春期にはいっぱい
喧嘩したね。
お母さんは強くなるように、
自立できるようにって
三人の中で私を一番
厳しくしつけた。
勉強に妥協は許さなかったし
部活をやめるのも許さなかったし
通学定期やコンタクトレンズは
バイトして自分で払いなさい
って言ったし
欲しい物もバイト代で
やりくりしなさいって言った。
当時はただただ
私に対する当て付けなんだ
と腹立てて
よくぶつかった。
帰りが遅いのも
とにかくおこられたし
門限も、どの友達よりも
早かったと思う。
だけどそのぶん
いっぱい心配して
いつも私の泣き言を聞く
スタンバイしてくれてたよね。
お母さんの方が繊細で
すぐ凹む性格なのにね。
自立する前に一度、
あなたがどんなに
手術を重ねて綺麗になっても
口唇口蓋裂 という病気の
人を見たら過去のことが
フラッシュバックするだろうし
治療に費やした日々は
一生忘れないと思う。
心の傷も消えることはないと思う。
でも、忘れないでね。
それはお母さんも同じだから。
あなたが綺麗になったからって
お母さんだってあなたが
何の努力も無しにそうなった
なんて思える日は来ないし
一生忘れないと思う、
だからこそ、何かあったら
すぐにかえっておいで。
って言ってくれたね。
宝物なんだよ、私の。
あの時は
はいはい(笑)
お金に困った時と
誕生日には帰ってくるよー(笑)
なんて言ったけど
涙こらえるのに必死だった。
湿っぽいのが嫌だったから。
お母さんはポジティブに
あなたたち兄弟が
障害を持って生まれて
きてくれて、だから私は
人の傷みを知る機会ができたし
のほほんと生きてきたのに
シャンとすることができた!
なんて言ったけど
私は口唇口蓋裂で
生まれて良かったなんて
思わないよ、一生ね。
ごめんなさい。
でも、綺麗事じゃなくて
お母さんの子供で良かった
って、心から思うよ。
今までいっぱいありがとう。
これからもよろしくね、
オシャレして
オシャレな店でまた
仕事の愚痴や家族の愚痴
いっぱい聞かせてね。