なにやら世間ではティーナ・カリーナの『あんた』って曲が話題らしいですね。
歌詞が全部関西弁(大阪弁?)で話題なわけですが。
遠距離恋愛でしょうか?離れて暮らす恋人との心の距離がちょっとずつ離れつつある、その寂しさを表現したと思われる歌詞です。
ラジオやテレビでね、何度か耳にすることがあったんですが、個人的感想としては、
軽い。
歌詞がね、軽いんですよ。
寂しい、悲しい、会いたい~ていう、まあいわば関西風西野カナだなという印象です。
歌詞に物語性がないというか、文学性がないというか、直情的に感情を表しただけなんで軽いんです。
ですが、若い女性からは高い支持が受けられるんじゃないでしょうか。
もちろん、歌詞が文学的ならそれでいいってもんでもないですしね。
心の叫びとして感情移入できるなら、きっとハマるんだろうと思います。
でも、長くは聞かれないでしょうね、軽いから。
KANの『愛は勝つ』とか、大事MANブラザーズバンドの『それが大事』とか。
一発大きい当たりを見せる曲は、大概軽い歌詞が多いですね。
当たり前のことを言ってるだけとかね。
そういう頭使わなくていい言葉をカノンコードに乗っけて歌えばヒット曲なんてすぐ出来ちゃうわけですね。
長く支持されようと思ったら、やはり歌詞に深みが必要だと思うんです。
たとえば尾崎豊。
若者の直情的な感情を歌う10代のカリスマとして名を馳せた歌手です。
尾崎豊の歌詞は直情的でありながらも文学的深みがあります。
インスピレーションをガツンと刺激するパワーがありながら、聞くたびに行間の深みにハマっていく。
そんな多重構造性が、いまだに尾崎豊をカリスマとし存在させている理由なんじゃないでしょうか。
いまどきの若者には尾崎の言葉は共感できないみたいですけどね。
「他人のバイク盗んでんじゃねーよ」
ってなっちゃうらしいです。
自分も全然尾崎信者ではないですが、それでも尾崎豊の深みは理解できます。
ただね、じゃティーナ・カリーナや西野カナはダメかというとそういうわけではないんですよ。
長く心に残らなくても、瞬間的に心に響く曲ってのは人生で必要ですから。
カリスマばっかりじゃ紅白歌合戦がヘビーすぎますからね。
もう20年くらい紅白見てないですけど。
一人、自分が知る限りでは一番深い歌詞を書く人で、
まさに歌詞の魔術師と言えるべき人を紹介したいと思います。
この人の歌詞、ちゃんと歌詞カード読むと訳がわからないんです。
でもミリオンヒットを連発。
まさしく、この人の時代があったと言うほど、世間にも良く知られている大御所です。
さすがに今のミュージックシーンにはなかなか現れませんが、今でも十分聞ける曲を作る人、
飛鳥涼
ご存じ、CHAGE and ASKA の飛鳥涼です。
例えば「SAY YES」
300万枚売り上げた化物シングルですが、その歌詞をちゃんと考えたことあります?
「すべてが君と僕との愛の構えさ」
(『SAY YES』1991年 CHAGE&ASKA;作詞・作曲:飛鳥涼)
「愛の構え」って何?スゴイ歌詞ですよね、ちょっと出てきませんよ。
そしてパッと見で意味が分らない。
「言葉は心を越えない とても伝えたがるけど 心に勝てない」
(『SAY YES』1991年 CHAGE&ASKA;作詞・作曲:飛鳥涼)
パッと見パッと聞きだと、「え?何が何だって?」てなっちゃいますよね。
「僕らはいつだって風邪をひいたままさ オイルの切れた明日のプログラム大事に回してる」
(『太陽と埃の中で』1991年 CHAGE&ASKA;作詞・作曲:飛鳥涼)
ここらへんはもうね、全然意味が分りません。
でもなんか文学的なニオイがします。
おそらく、本来の歌詞というか言いたいことを意図的に並べ替えたり、主語や目的語を省略したり、また比喩表現に置き換えたりして組み替えているんでしょうね。
そうやって歌詞に深みを持たせているんじゃないかと思います。
意味が分らないと言ってしまえばそれまでですけど、聞き手が自分で主語や目的語を補完して意味を考える楽しみもありますよね。
だから曲として新鮮さが失われても、書き物として心に残るから長く愛されることになるのでしょう。
ヒット曲と言えば、、、
『およげ!たいやきくん』・・・1975年
『山口さんちのツトム君』・・・1976年
『おどるポンポコリン』・・・1990年
『だんご三兄弟』・・・1999年
『おさかな天国』・・・2002年
『おしりかじりむし』・・・2007年
そろそろこのテの子供向けソングが意味不明な爆発をしてもいい頃だな。
個人的には、
「きのこ のこのこ げんきのこ エリンギ マイタケ ブナシメジ~」
が来るんじゃないかと予想。
思い切り歌詞に企業名が入ってるけどな。