知らない者はいないであろう、日本を代表する童謡として有名すぎる曲だ。


誰かさんが、誰かさんが、誰かさんが、、、


小さい秋、小さい秋、小さい秋、、、


冒頭から同じ言葉の繰返しが非常に印象的で、なによりマイナーコード進行が非常に切なく、まさに段々寒くなる秋の物悲しさを叙情的に表現した名曲だ。


あまりに物悲しく、切なく、寂しげなメロディであるがゆえ、苦手な人もいるかもしれない。


しかし、そのメロディばかりが印象に強く、実は自分は歌詞を知らなかった。


といっても、1番の歌詞はもちろん知っている。



『目隠し鬼さん手の鳴る方へ 澄ましたお耳にかすかに沁みた 呼んでる口笛もずの声』


 

知らなかったのは2番以降だ。


先日、偶然2番の歌詞を見る機会があり、2番を知らなかったことと、その歌詞があまりに詩的であることに驚いてしまったのである。


みなさん、ご存知でした?




誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが見つけた


小さい秋 小さい秋 小さい秋見つけた


お部屋は北向きくもりのガラス うつろな目の色とかしたミルク


わずかなすきから秋の風


小さい秋 小さい秋 小さい秋見つけた 

 

 

 

作詞はサトウハチローなのだが、2番がこんな詩的な歌詞だったとは。


1番も叙情的ではあるが、それに輪をかけてなんと寂しげなワードが満載であることか。


この不思議な世界観はなんなのだろう。


なぜ部屋が北向き?


くもりガラス?


うつるな目?とかしたミルク???

 

 


さっそく、ヤホーで検索してみたところ、この歌詞を独自に解釈したサイトを発見。


それによると、作詞者であるサトウハチローの真意は分かりかねるが、北向きの部屋というのは『病室』のことではないかと。


夏の強い日差しは、病人の身体にはあまりよろしくないから北向き。


そしてくもりガラスは内からも外からも見ることができない、外界の刺激を遮断する病室を表現、溶かしたミルクのようなうつろな目の色は、まさに元気のない病の身体と心を表現しているのではないだろうか。


そんな外界から隔離された患者が、部屋のスキマから流れ入る冷たい風に、体感的に感じた秋をつづっているのではないかという。


そう考えると、ただでさえ寂しいこの曲が、よりいっそう寂しく聞こえるというものだ。



 

このサトウハチロー、詩人としてその著物を見ることはままある有名人だが、ウィキで調べたところかなり強烈な人柄だったらしい。


小さい秋の歌詞や他の作品から連想すると、病弱で感受性豊かな中原中也的イメージがあるが、少年時代はかなりのワルだったそうな。


奔放な父親に反発して学校も落第、退学、その上あらゆる所轄の警察にご厄介になったという。


母親への思いをつづった作品もあるが、サトウハチロー本人が実の母にそういった敬慕の情を示すことはなかったというから逆に何かスゴイような気がする。


人の感動を誘うような良い作品は、人柄で作るものではないのだなあと。


いや本当は、こういった数々の作品こそが、誰にも理解されなかった彼の本当の心情を端的に表現しているのかもしれない。


と、サトウハチローばりに詩的にまとめたところで、今宵はお開きにしとうございます。