20代後半以降でこの曲を知らない人はいないだろう。
爆風スランプの『Runner』。
爆風スランプはCDこそ1枚くらいしか持ってなかったが(ダビングしたカセットテープは持っていた。まだカセットテープが主流の時代だった。)かなり好きなバンドだった。
最初は『無理だ!』とか『まっくろけ』などの楽曲が、またライブパフォーマンスなどからコミック系色物バンドっぽかったが、『THE TSURAI』、『愛がいそいでる』など骨の太いサウンドが心地よかった。
『THE TSURAI』は好きだったなあ~
そして『Runner』の大ヒットとともに青春路線になって行ったが、それもまた当時の青臭い自分にはハマっていたからよく聴いていた。
サンプラザ中野の通るボイスも聴きごたえがあったように思う。
このあいだ、wikiでなんとなく『爆風スランプ』に行き着いたら、この曲に関してこんな事が書いてあった。
以下、wikiから勝手にパピコ
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バンド活動に限界が見え始めてきたことから、1986年 にプロデューサーとして新田一郎を迎えた。新田はまず、売れることを目的とした活動を始めることにしたが、江川ほーじんがそれに反発して遂には脱退を決意。末吉の作った曲に、中野が辞めていく江川の姿を詞にして、『Runner』が誕生、1988年に発表された。
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江川ほーじんが途中から居なくなったのは知っていたが、バンドに脱退はつきものだったからあまり気にはしていなかった。
メンバーの一人一人に思い入れを持つほどではなかったし。
でも『Runner』にそんな思いが込められていたとは知らなかった。
普通に青春ソングとして聞いていたな。
wikiは信頼度100%じゃないけど、そう思って聴いたらなんかかなり深いものを感じずにはいられない。
作詞したサンプラザ中野は、思うところにたどり着けたのだろうか。
江川ほーじんに打ち明けることはできたのだろうか。
この間、偶然NHKにサンプラザ中野が出ていたのを観たので、なんとなく書いてみた。
『月光』、『Blue Bus Bules』、『ひどく暑かった日のラブソング』、『リゾ・ラバ』など好きな曲は数多くあったが、一番好きだった曲は
『それから』
NHKの(またNHKかwww)『マンガで読む古典』という番組のOPとしてタイアップされてたのを聴いて、すぐにCDをレンタルしに行ったのを覚えているなあ。
アルバム『I.B.W』の中の曲で、シングルカットはされてないと思うけど、当時この曲を採用したNHKの担当者のセンスはすばらしい。
高校生のときは、カラオケでもずいぶん歌ったもんだwww
しばらくして、当時の彼女と進学先の違いで別れることになったとき、この曲がなんども脳内リフレインしましたね。
いま思うと小っ恥ずかしくも懐かしいですね。。
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