今でも 時々ふっと思い出す出来事があります。
私は今から10年以上前に、慣れない他人のオフロードバイクでの練習中に
自分のミスから足を怪我をして、半年以上入院していたことがあったのです。
その搬送先の救急病院で、私と二人部屋で一著に入院していたおじいさんが居ました。
ここでは仮にタナカさんとします。たしかその当時で七十歳をゆうに過ぎていたと思います。
そのタナカさんは戦争当時、軍に徴兵されたものの、国内勤務であられたそうで、何でも
倉庫番のような係りに任命させられ 戦地には出なくてすんだそうです。
戦後、会社を経営していたのですが、製造業の下請けでしたので日本経済の高度成長期すぎ
辺りまではなに不自由なく生活していたそうなのですけれども、景気の低下と共に仕事が
減り、最終的には会社を畳んで勤めに出たそうです。
(確か材木問屋だったかな・・・・・)
その後会社を移籍して金属加工の仕事に就いたそうです。でそこも定年退職して七十歳にも
なるのに同じ職場にバイト扱いで雇ってもらっていたそうなんです。
そこへきて、仕事中にちょっとした不注意から足を材料に引っ掛けた弾みで転び、大腿骨を
やってしまったのです。
救急車で運ばれた田中さんは偶然、私と二人部屋で数ヶ月過ごすことになりました。
骨が折れてるだけで元気だし、お互いヒマなので色んなお話をしました。
彼は学生の自分陸上の選手だったこともあって、見事な筋肉を
保っていました。私なんかより脂肪も付いていなく、若々しい奇麗な脚でした。
そんなタナカさんの見舞いには、いつも奥様がいらっしゃっていました。
品の良い方で、若い頃は相当美人だったんじゃないかな?と・感じてました。
案の定、日本舞踊と茶道の免許皆伝で居らっしゃいました。要するに師範ですね。
ある日。リハビリをサボって不貞寝していた田中さんに奥さんが愚痴を言ってるのが
耳に聞こえてきました。
私も最初は何も気にすることなく聞いていたのですが、どうも奥様も毎日の見舞いに
疲れが出てきていたようで、もの凄くキツイ内容のことを仄めかし
旦那さんにストレスを与えていました。終いには「離婚」まで言い出す始末・・・・
私はナニを思ったか、ギプスで固まった状態でベッドに寝たまま
タナカさんの奥さんに対して静かにハッキリと言いました。
「ワザと怪我したんじゃないんだから、そこまで言ったら旦那さんが可愛そうです。」
「隠居して遊んでいたのではなく、奥様に不自由させないように毎日頑張ってきた、その中での
怪我です、今あなたが投げたら誰がこの人を看るのですか?運命から逃げてしまわれますか??」
確かそんな内容の話を タナカさんの奥様に静かに語りかけた。孫くらい歳の離れた私が。
正直、人様の家庭のことに口出すなんざ大きなお世話以外の何モンでもないだろうし、言われた
奥さんも、また聞いていた本人も驚かれたことだろう。
ただ、その場でああいうことを言ったのは 同じ重症患者同士の心の繋がりが田中さんと
出来ていたからなのだ。それに、(若い頃からずっと連れ添ってきた夫婦が七十歳を過ぎて
離婚なんて・・・どうか思い直して欲しい)という気持ちからでもあった・・・・
田中さんとは年齢は違っても同じ釜の飯を喰った戦友と同じなのであった。
少なくとも同じ部屋に居た頃は。
私も少々気まずかったが、奥様に励ましの心を込めていたので余計な後悔は
その日のうちに自分の胸に飲み込んだ。
翌日か、翌々日
奥様は 旦那さんそっちのけでその日を境に
私の方にいろいろと高級な果物やお菓子を差し入れてくださるようになった。
お礼を言っても 何を言ってもニコニコ笑って私の話す言葉一つ一つを噛締るように聞き入っていた。
なんていうか私の目を見て話しているのに、私という実体に語りかけてないのである。
それまで私のことを苗字でしか呼ばなかった奥様が「おにいちゃま」と私を呼ぶようになってしまった。
70歳過ぎたご婦人から「オニイチャマ」・・・・ 正直、全くわけが分からなかった。
そんなことが続いた数日後 奥様が帰られたあと田中さんは私に言った。
「ごめんなさいね、許してやってくださいね。」
私はわけが分からず「えっ?何のことですか」と聞き返した。
タナカ;「うちの(奥様の)兄弟に、19歳で戦死した兄が居たんです。」
私:「ええ。」
タナカ:「あなたのことをその戦死した兄だと思って会話してるんです。」
私:「えっ!!」
タナカ:「予科練です。自分から志願して19歳で。それがトラウマになってしまって居たのが
あの時あなたに叱られた言葉が切っ掛けでお兄さんがあなたの体を借りてここに出てきた・と、
そう思い込んでしまったのです。」
私「そうだったのですか・・・・・」
それを聞いた私は翌日から奥様とお話させて頂く際、立派に散っていったお兄様の
言葉をお聞かせできるように、精神を開放しました。奥様が私の奥に見ているお兄様の
姿を少しでも長く見せてあげたく、奥様の兄として演技でもなんでもなく接しました。
そんな芝居のような振る舞いなど全く必要ない(通用しない)短くも濃い時間でありました。
私は あの奥様の「兄を慕い続けた魂」を 僅かでも安らかに鎮める事が出来てただろうか?
その時の「差し入れのお返し」は 未だ済ませてない・・・
