芥川先生の杜子春という物語は有名で説明する必要もないでしょう。
人がお金に溺れると、人という心をなくしてしまいます。富裕層や高額給料をもらっている人が辺りに沢山いますが、殆どは人格者ずらはしていても、本質はクズのような人は多いことはここ何十年サラリーマンをしてきて判ったことです。特に早く出世している面々を分析すると、殆どが上長に対してはイエスマンであることでした。そういう人間がいずれ企業の中核になり経営者になるという図式をみれば、何故いま、老舗企業が衰退しているか、簡単に想像できると思います。
そもそも、今老舗経営者には将来のビジョンなどなく、世間で騒がれているトレンドを模倣しているただの模倣経営者が多いということです。彼らが口にする言葉のキーワードは企業の「グローバル化」など誰でも考えそうなことを平気で株主総会で吐くことです。
名だたる企業経営者の殆どが「グローバル」という言葉を吐いているのはいかにも金太郎飴のようで面白いと思うでしょう。
自ら企業した新しい企業経営者の顔ぶれをみると、皆ケチで貧相な人物であるようです。今有名になった企業は昔はどん底であったという事実は覆い隠されてしまったいるようですが、皆エリートでなかったことは周知の事実です。
いずれにしても、日本の企業経営者は無能なエリート経営者か、もしくはケチで自分の経営する社員にはほどこしもできないような哀れな人物が多いのは情けない限りです。
日本の高度成長時代に設立した企業経営者は、志は高く、その人間性も非常に素晴らしい人が多かったようです。
これから日本が昔のような大国と言われるには、破壊と創造が必要なのかもしれません。
杜子春は最後に人の心を取り戻しました。
人が他人から素晴らしいと言われることが、生きていたという最高の証であり、お金持ちというつまらないことで満足する程度の人間は自分の名も残らないということを知るべきだと思います。