じゅりあな~ずとーきよーーーーーーーいぇい!
ジョン・ロビンソン。懐かしい。どこいっちゃったの?と思っていたらジュリアナ東京1日復活のニュースです。今日、9月6日に。もちろん彼も帰ってくる。
「芝浦GOLD」「マハラジャ」「KING & QUEEN」などのバブリーなディスコブームの大トリとして芝浦にオープンした「JULIANA'S TOKYO」。
僕が大学に入学したのが1992年。バブルははじけ始めていました。世間ではその残り香を楽しむがごとく大箱ディスコブームが巻き起こっておりました。
今をときめくレコード会社「エイベックス 」がクラウンレコードの中で「avex trax」と名乗っていた頃、「スーパーユーロビート」や「マハラジャナイト」などのユーロビートコンピレーションでディスコミュージックを世に送り出し、「JULIANA'S TOKYO」シリーズでダンスレーベルとして不動の地位を築いたのがその頃でありました。その頃は所ジョージさんが所属アーチストになるなどと誰が予想したでしょうか?(今でも知らない人は多いと思いますが。。。)
ジュリアナやエイベックスのダンスコンピレーションアルバムと切っても切れないのがテレビ朝日「トゥナイト2」です。この番組では荒木師匠へのインタービューやジュリアナファッションなどとにかく特集が多かったのです。リポーターは乱一世。なんたってワンレン・ボディコンでTバックのおパンツ丸出しで踊ってるとくれば、この手の番組がほっておかないでしょう。そしてスポンサーにもエイベックスはなっており、必ずCMが流れました。丸にaの文字のマークはこの頃世間に認知されたと思います。
ジュリアナのテーマソングともいえるMAXIMIZORの「Can't Undo This!!」。絶対洋楽だとばかり思っていたらなんと日本人が作っていたというオチ。2nd FunctionやSTARR GAZERなどもみなエイベックスのレーベル「D-FORCE」に所属する人たちで、皆日本人でした。
93年と94年に東京ドームで開催された「avex rave」は、当時ダンスシーンでブームになっていたテクノパーティ「レイブ」をドームでやってしまうという、いかに当時のダンスシーンに勢いがあったかを示すものです。これに関連して発売されたCD「avex rave'93」及び「avex rave'94」には入場チケット(の抽選券?)が付属していて94年に行きたいと思いつつも、勇気がなくあきらめた、という経験が思い出されます。
この2つのCDは今でも傑作だと思うのですが(特に'93)、なんといってもジョン・ロビンソンのDJとおたけび。今でも聞きなおすとあの夏を思い出します。先にあげた「D-FORCE」の面々や、L.A.STYLE、PRAGA KHAN & JADE 4 U、そしてtrf(現TRF)などなど、いわゆる「ハードコアテクノ」(今は「ハイパーテクノ」というらしいけど)、懐かしいですね。
当時の本当に真面目な(?)クラブカルチャーシーンからは冷めた目で見られていたようですが、ジュリアナの閉店は一つの時代が終わったような感じでした。閉店の原因はマスコミが過激さを強調したことによる勘違い客の増加、それにともなう常連の減少などあるようです。
その後、「ディスコ」は「クラブ」と呼び名をを変え、音楽も派手なハードコアテクノからR&B、ハウスへと変わっていきました。六本木にオープンした「ヴェルファーレ」もその後もパラパラが復活したりして少し盛り上がりましたが、結局は閉店。時代は大箱から小箱へと移ったのでした。
明日以降、久しぶりにマスコミにジュリアナが登場するのを楽しみにしています。
そういえば、宇都宮にも「アレックス」というディスコがあったのですが、漫画喫茶になって消えてしまいました。こちらは復活は無理そうです(笑)。
ジョン・ロビンソン。懐かしい。どこいっちゃったの?と思っていたらジュリアナ東京1日復活のニュースです。今日、9月6日に。もちろん彼も帰ってくる。
「芝浦GOLD」「マハラジャ」「KING & QUEEN」などのバブリーなディスコブームの大トリとして芝浦にオープンした「JULIANA'S TOKYO」。
僕が大学に入学したのが1992年。バブルははじけ始めていました。世間ではその残り香を楽しむがごとく大箱ディスコブームが巻き起こっておりました。
今をときめくレコード会社「エイベックス 」がクラウンレコードの中で「avex trax」と名乗っていた頃、「スーパーユーロビート」や「マハラジャナイト」などのユーロビートコンピレーションでディスコミュージックを世に送り出し、「JULIANA'S TOKYO」シリーズでダンスレーベルとして不動の地位を築いたのがその頃でありました。その頃は所ジョージさんが所属アーチストになるなどと誰が予想したでしょうか?(今でも知らない人は多いと思いますが。。。)
ジュリアナやエイベックスのダンスコンピレーションアルバムと切っても切れないのがテレビ朝日「トゥナイト2」です。この番組では荒木師匠へのインタービューやジュリアナファッションなどとにかく特集が多かったのです。リポーターは乱一世。なんたってワンレン・ボディコンでTバックのおパンツ丸出しで踊ってるとくれば、この手の番組がほっておかないでしょう。そしてスポンサーにもエイベックスはなっており、必ずCMが流れました。丸にaの文字のマークはこの頃世間に認知されたと思います。
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ジュリアナのテーマソングともいえるMAXIMIZORの「Can't Undo This!!」。絶対洋楽だとばかり思っていたらなんと日本人が作っていたというオチ。2nd FunctionやSTARR GAZERなどもみなエイベックスのレーベル「D-FORCE」に所属する人たちで、皆日本人でした。
93年と94年に東京ドームで開催された「avex rave」は、当時ダンスシーンでブームになっていたテクノパーティ「レイブ」をドームでやってしまうという、いかに当時のダンスシーンに勢いがあったかを示すものです。これに関連して発売されたCD「avex rave'93」及び「avex rave'94」には入場チケット(の抽選券?)が付属していて94年に行きたいと思いつつも、勇気がなくあきらめた、という経験が思い出されます。
この2つのCDは今でも傑作だと思うのですが(特に'93)、なんといってもジョン・ロビンソンのDJとおたけび。今でも聞きなおすとあの夏を思い出します。先にあげた「D-FORCE」の面々や、L.A.STYLE、PRAGA KHAN & JADE 4 U、そしてtrf(現TRF)などなど、いわゆる「ハードコアテクノ」(今は「ハイパーテクノ」というらしいけど)、懐かしいですね。
当時の本当に真面目な(?)クラブカルチャーシーンからは冷めた目で見られていたようですが、ジュリアナの閉店は一つの時代が終わったような感じでした。閉店の原因はマスコミが過激さを強調したことによる勘違い客の増加、それにともなう常連の減少などあるようです。
その後、「ディスコ」は「クラブ」と呼び名をを変え、音楽も派手なハードコアテクノからR&B、ハウスへと変わっていきました。六本木にオープンした「ヴェルファーレ」もその後もパラパラが復活したりして少し盛り上がりましたが、結局は閉店。時代は大箱から小箱へと移ったのでした。
明日以降、久しぶりにマスコミにジュリアナが登場するのを楽しみにしています。
そういえば、宇都宮にも「アレックス」というディスコがあったのですが、漫画喫茶になって消えてしまいました。こちらは復活は無理そうです(笑)。