90年代前半に放送されたトーク&音楽バラエティ。

出演者は逸見政孝、美川憲一、ビージー・フォー
アシスタントを田中律子、杉本彩、設楽りさ子、梨花が代々つとめました。

毎回1人ゲストを呼び、前半はトークを、後半はライブ。基本はゲストに関係のある曲をゲストが歌うのですが、途中でレギュラーメンバーが歌を奪ってしまったり、洋楽のリフをはさんだりとまさにビージー・フォーの本領発揮。

このライブは後番組の「THE 夜もヒッパレ」でも使われたパターンですが、ヒッパレとの決定的な違いは逸見さんがいたこと彼のとんでもない音痴は忘れられません。へたなんだけど必死で歌う姿がまさに「夜も一生けんめい。」。真面目な(に見える?)逸見さんの性格とのギャップがとても面白かった。

番組当初は逸見さんの髪型がぴっちり横分けだったのが、番組が続くとともに今風の髪型になっていきました。レギュラーメンバーのアドバイスだったとか。

番組の企画でなんとCDを出すことにもなりました。「ナイスチョット」という曲で、「夜も一生けんめい'S」名義で杉本彩とのデュエット。なんと作詞長戸大幸、作曲織田哲郎というビーイング」です

しかし激やせし、番組途中で胃の摘出手術。術後、番組のトークでも明るく返していたのに、実はガンに冒されていて、ガンの宣告をされた日もこの番組の収録があり、明るい笑顔を振りまいていた。ご本人も会見で「因果な商売だと思いました」と言っていました。

本格的な治療に入る為番組を「一時」降板。代役として徳光さんが担当しました。徳さんは嫌いじゃないけれど、どうしても逸見さんの代わりにはならず、僕はなじめませんでした。

しかし、結局会見から3ヶ月後のクリスマス、逸見さんは帰らぬ人となり、番組に戻ってくることはありませんでした。非常に残念でした。僕は逸見さんが大好きだったので、葬儀の後、各テレビ局を廻っていく映像を見て号泣しました。。。

その後、番組は徳光さんが2代目の司会者として「夜もヒッパレ一生けんめい」の後半部分として続きますが、ヒッパレに吸収される形で終わります。

やはり「夜も一生けんめい。」は逸見さんあっての番組だったのです。