識字率、

ある国または一定の地域で、文字の読み書きができる人の割合。

 

ユネスコでは「15歳以上人口に対する、日常生活の簡単な内容についての読み書きができる人口の割合」と定義されています。

 

もちろん、日本は識字率100%、つまり、ほぼほぼの15歳以上の日本人は読み書きができるということです。

 

どれだけ初等教育がいきわたっているかが分かります。

日本の発展はここにあるのかなーと思ったり。

 

この国の識字率は2012年の統計だと、男性で40%、女性で20%です。

初等教育が2007年から無償化されて、この割合は上がっているかもしれませんが、

読み書きできない人がかなり多いです。

 

小学校でも、日本のこの程度の子どもだったら、漢字帳毎日書いているだろうな~という子どもも、綴りをかけなかったり、自分が読んでいるところと指しているところが違うといったことがあります。

 

でも、よくよく考えてみると、文字を持たない言語もあるように、言葉を話せれば書けなくても、読めなくても生きていけるんですね。

 

私たちは、自然と読み書きできるような環境にいるので、なぜ書けない?なぜ読めない?と思ってしまいます。

 

この現状が改善されない限り、国の発展はないでしょう。

 

教育環境がそうさせていると思います。

ノートはほとんど使わず、小黒板にチョークで書きます。

 

 

 

 

教材やノート、鉛筆といったものが十分にないので、書く、という時間が極端に少なく感じます。

そりゃあ書けんばい。

 

という感じです。

 

 

 

 

もう一つ。

 

体罰。

肉体に直接苦痛を与える罰。

 

学校教育では、日本は法律で禁止されています。

最近もある高校の問題で、体罰のあり方が大きく取り上げられています。

まあ確かに、子どもが傲慢になっている気もしますが。

 

この国では、法律で禁止されていますが常習的に行われており、それを親がどうこう言うわけでもなく、むしろ親の前でもやっているという感じです。

 

木の棒や鞭?みたいなもの、素手、など様々です。

 

小学校も高学年になると、少しの反抗という感じかな?やられても何事もないようにしていますが、

 

低学年の子供たちは、もう先生にビビりあがっています。

 

しかも、悪いことをしたなら百歩譲って分かりますが、問題を間違えたり、遅かったりしてもやられます。

 

とにかく、バシバシやります。完全に教師に従順しています。

いつかの独裁政治の縮図みたいな感じです。

 

教師にはビビりあがっていますが、それ以外の人間に関しては大概なめてます。

 

体罰というものはそういうものを形成してしまうんでしょう。

教師も、ストレスをぶつけるみたいな感じがします。

 

体罰ありだったら、教師は楽ですよね。大人である以上、子どもは叩けばビビって言うことを聞きます。

 

しかし、一回この体罰に罰を委ねてしまうと、もうこの体罰以外の方法で子どもを反省させる?ことができなくなると思います。

 

酒やたばこと同じなんですね。

 

一回お酒を飲んで、そのおいしさ・アルコールの良さを知ってしまうと、もう居酒屋行ってコーラとかウーロン茶とかを飲まないでしょう。

 

この体罰スパイラルから抜けられる日は来るんでしょうかね。

今私が体罰はマイナス面が多いからやめた方がいいといったところで、こいつ何言ってんだという感じなので、手元に棒は持っておこうと思います。叩きませんが。

 

なんにせよ、一回それを知ってしまうと、それなしでは生きていけなくなりますね。

 

 

色々と考えさせられます。

 

餃子は本当に最高でした。小麦から皮を作った方が美味しいですね。

 

うまそ~。宇都宮で餃子店はしごしたいですね。