「分かる」に対する違和感です | せめて、真崎らしく。

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そんな感じです。




ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です













【違和感】


[名]しっくりしない感じ。




(Goo辞書)










やー




「違和感」



って響き
好きです








真崎は超感覚派なので


言葉では上手く説明できないけど
どうしょうもなくそこにある


「感覚」


と向き合うことが好きです








「違和感」もしかりで



「なんか変な感じする」



みたいな




人や空間に対して
こういう感覚が
ビビビッと身体を支配する感じがあれば

その「違和感」の向こう側にある
違和感の正体を考える事に燃えます




だからこういうブログ書くのが好きです













「人の気持ちが分かる」





に対する「違和感」と

ここ最近は向き合ってきました








『「分かる」なんて傲慢』



あくまでも真崎の持論ですが
以前のブログにも書きました





「分かる」と言っても
解釈がいろいろあるので



少し感覚的ですが

ここで言う「分かる」は




『(ほぼ)100%理解している』




という状態を指すことにします







相手の言ってる意味を理解する事や

感情にある程度共感することはできても




相手の気持ちを




「分かる」




なんてありえないと思っていて









これを書きながら今

自分の感情自体も
上手く処理できてないんですけど



なんでこんなに



「分かる」



に対して


どちらかと言うと
怒りっぽいエネルギーで
過敏反応してしまうのか






自分の経験の中で

すごく苦いものがあって



どうやらそれが


そのエネルギーに
繋がっている気がするので








ちょっとアウトプットしてみます



















ブログでも何度か書いてきましたが





昨年1年間
真崎は


経済的困難や学力不振の生徒に対して
学習支援を行うNPOで活動してきました







ここからの内容も
以前ブログに書いた記事と
重複するところがあり


「またかい」


って感じかもしれませんが







2011年の秋


真崎が「学生教師」として
3人の中3生を見たときのことです




単元レベルで教える事しか
できなかったのですが



その生徒たちはみんな

be動詞が分からないレベルでした

(レベルという響きは少し不快ですが)





「良い」と言われる学校に通い

「進学塾」と呼ばれる塾に通い

「優秀」と呼ばれる成績をとり





そんな真崎には

その生徒たちが




I の次に am が来る




という事を

何回教えても覚えられない






ということの意味が


当時は全然分からなくて






彼らのところまで目線を下ろした授業を
どうしても展開することができずに


最初の方は

「意味分からん」
「おもんない」

というブーイングをくらい続け





真崎自身も




本当に試行錯誤しながら

授業を重ねていきました












回数が重なるにつれ


お互いの関係性も築かれてきて
あっちも授業に慣れてきて


当初よりは安定した空気の中で
授業をできるようになってきました








でも





授業が残り3回

となった時






ひとりの女子生徒に


突然無視されるようになりました








普通に仲良く話せてきた子だったので


その日の態度の違いに
最初から少し嫌な予感がしてたのですが





明らかに姿勢を崩し

筆記用具を一向に持とうとせず

問題プリントを見ようともしない





真崎から目線を逸らし

声をかけてもほぼ返ってこない

あるいは「知らん」「分からん」だけ







その次の週には

ものすごい不機嫌に入室してきて





こちらがその子の話を聞こうとしたら







「そういうのが鬱陶しいねん」







と言われました












結局その日は


たまたまいたスタッフさんに
その子の指導をお願いしたのですが





終わってから

そのスタッフさんに言われたのは







「たぶん、あの子があんな態度を見せるのは、焦ってたからなんじゃないかって思う。」










どういう意味か分からず

詳しく聞いてみると







「真崎の教え方って、やっぱりなんか「勉強ができる人」の教え方で、その教え方自体があの子にとって苦しかったんじゃないかな。」



「それに、あとの2人が解いていける問題を、彼女は解けなかった。クラスの中で「置いて行かれてる」っていう感覚があったのかもしれない。」














「言ってる意味」を


すごく「理解」しました









確証はなくとも


そうかもしれないなと思いました







その子だけ問題が解けない

授業に対して
あとの2人よりモチベが低い



という場面を確かに見てきたからです










だから










そのスタッフさんが「言ってる意味」は




すごく「理解」できました











だけど




「分かる」




ができませんでした











そのスタッフさんは

自分自身が昔勉強ができなかったから



その子の感じていると思われる




「劣等感」や「苦しさ」










「なんとなく分かる」





と言っていました













その夜は


同じく学生教師をしていた子の家で
死ぬほど泣いたのを覚えています





上手く教えられない不甲斐なさ

無視されるフラストレーション






そして

彼女の気持ちが



「分からない」



ことへの自責の念







勉強ができたから


「優秀」という優越感の中で
生きてきたから


家庭が裕福で
良い教育を受けてこれたから





だから


その子の気持ちが分からない









そう思い




冷静さを欠いていた

あの時の自分が思ったのは













「勉強ができなかったら良かった」






「家が裕福でなくて塾とか行けなかったら良かった」


















「そしたら自分も、彼女の気持ちが「分かる」ようになるのに」



















そんな風に本気で思っていた




当時の自分と今出会えるなら













渾身の力で殴り飛ばしたいです


















『100%理解している』



という意味での



「分かる」










『自分は相手のことを分かってる』



『自分は相手のことを分かるようになりたい』










後者は

一見高尚な思いかもしれないですが









当時の真崎のような


「分かるようになりたい」


だったとしたら










どっちにしろ






すごく傲慢で


すごい勘違いで












実は








相手の姿の先にある



『分かってる自分』の姿が見たいだけで















「そしたら自分も、彼女の気持ちが「分かる」ようになるのに」













そう思っていた自分は



その感情からくる行動は












上手く言えませんが











いつかもっと





人を傷つけると思いました



















「誰のために、分かりたいの?」











当時の自分に



問いたいです








真崎