僕もひとこと意見を書いてみる。
スマホは便利。
スマホは楽しい。
そう思う。
ただ、気になることがふたつある。
スマホは時間泥棒だということ。
そして、考えるチカラを
奪うんじゃないかということ。
今朝、僕は、起きるなり、
隣に寝ている次女に目もくれず、
夜中に届いていたメッセージに見入って
そのまま黙々と返信、さらに、
天気予報のチェックなどを始めた。
そして、少し立ってから次女を見て
そこで我に返った。
この隣に寝ている子どもの
天使のような寝顔を
あとどれくらい
見ていられるのだろうって。
あっという間に大きくなっていき、
一緒に寝なくなる日が来るというのに。
こんなにも素敵な瞬間に
僕はなぜこんな小さな機械、
スマホに夢中になっているんだろうって。
スマホがなかった長女の時には
朝起きると、まず顔をのぞいて、
「おはよう」のあいさつをして、
元気に育ちますように、
行ってくるからね、
大好き、
今日一日楽しく過ごせますように、
と、毎日ささやいていたのに、
さて僕はどうしちゃったんだか。
もう一つ。
毎日乗っている電車。
ある区間で、
数秒だけ、
冬の間だけ、
きれいな富士山が見えるところがある。
見えた瞬間がたまらない。
きれいだな。
美しいな。
感動的だな。
心が揺れ動く。
これは車窓を見ていれば得られるけれど
視線を落としていたら得られない体験。
スマホに視線を落としていたら
美しいと感じる情動的経験を
得ないということになる。
それって。。
いのちの鼓動を感じられる
こんなにわくわくする
フレッシュな瞬間は
そんなに多くはない。
だとしたら、
スマホに視線を落としていたら
心はどうなる?
感性は?
時代だから?
テクノロジーの進化がもたらした
その恩恵に感謝することもある。
けれど、いのちはひとつ。
現実を五感で捉えてこそ、
「生きる」を実感できるんじゃないかな。
「生きる」を実感できてこそ、
仲間を認識し、
相手に優しくできるんじゃないかな。
感性が、センスが磨かれる、
子どもの時なら、なおのこと。
泣いたり、わめいたり、
迷惑をかけたり、
失敗したり、
そんな体験も「生きる」でしょう?
「生きる」
「生かす」
そんな育児がいいと思う。
子どもたちが
未来を幸せに生きてほしいと
願わない親はいないはず!
ひとこと、じゃなかった。。

最近片想いしていますか?
Thank you very MUCH!!