昨日に引き続き羽根物(ヒコーキ)の話を。


その元祖は平和のゼロタイガーなのは有名な話ですが。残念ながら、見たこともありません。
この頃の仕様は10カウント規制前で、羽開放18回以内にVに入れば継続だったので最終8ラウンド完走すれば結構な出玉になったはずです。

ゼロタイガー以外の、同じ仕様の台が、わずかに残っているホールで打ったことがあり、10カウント規制がなかったことに少し驚いた記憶があります。機種名ははっきり覚えてませんが、京楽のスーパーワンダーだったような。


その頃は、色々なメーカーから飛行機をモチーフにした台が出ておりました。
西陣のレッドライオン、京楽のブロックバスター、平和のビッグタイガーなど色々ありました。
あの機械的な電子音がなんともいえないパチンコらしい風情を感じさせていたのだと思います。


平和、三共、西陣が当時の三大メーカーで羽根物も沢山出てます。
京楽、ニューギン、三洋、奥村、などからも結構出ており、昭和後半から平成初期は羽根物全盛期の時代でした。
特に、西陣の羽根物はコミカルでオリジナルな物が多く、非常に高い人気を誇ってました。現在、西陣は羽根物を出しませんからね。というか、当時の開発者がもういないでしょうからね。残念な気持ちでいっぱいです。

いい忘れましたが、現在の羽根物との決定的な違いの1つに、
昔の羽根物は、たま~に羽止まりが発生してたんです。

羽止まりとは、拾われそうな玉が、ギリギリのところで役物の中に入らず、羽との間に挟まれている状態のことです。

当時はこの状態になったら、直ぐに呼び出しランプで店員を呼ぶと、手入れで大当たりにしてくれたんですね。
多いときは日に複数回になることも。素直に喜んでましたね。

優しい店員さんになると、羽止まり以外でも手入れで当ててくれることもありました。だから、何かあったときはその店員さんを呼びに行きましたね(笑)。

本当に緩やかな時代でもありました。今は、羽止まりでは当ててくれませんし、そもそも、羽止まり事態がなかなか起こりませんからね。

今日はここまで。