〜母との関係を振り返る〜
病院を受診して、すぐに入院となった。
入院中、医師から母との関係について色々と質問されたが答えられなかった。
「何でも言ったら、母に怒られるから。」
「よくわからないから。」
…どっちの理由も本当。
入院中、ベッドに座って「子ども時代の母との関係について」振り返り、一生懸命思い出していた。
私が3歳の頃に弟が生まれた。
「もうお姉ちゃんやから我慢しな!」と母は私に見向きもしなくなり、ショックだったことを覚えている。
入院中、ベッドに座って「子ども時代の母との関係について」振り返り、一生懸命思い出していた。
私が3歳の頃に弟が生まれた。
「もうお姉ちゃんやから我慢しな!」と母は私に見向きもしなくなり、ショックだったことを覚えている。
その時の自分は、泣いていた。
その後も母の気を引こうとするが、いつも怒られるばかりだった。
弟を泣かした、部屋の片付けをしない、ふざけた、生意気言った…、色んな理由で叩かれた。
その辺にあるおもちゃの棒とか、掃除機のノズルとかで…。痛かった。冬は特に。
母に話しかけるといつも睨まれた。言葉を発してもそれに対する返答はなく、鋭い睨みと怒りの言葉、暴力だけが返ってくる。
「わたしが何を言っても無駄。それなら言わない方がいい。」
「何も聞いてもらえないなら、何も考えない方が楽。」
そんな言葉を頭の中で何度も自分に言い聞かせた。
そして母との関わることもほぼ無くなった。
それでも食事と風呂の用意だけはしてくれた。
食卓には食べきれないほどの食事が並んでおり、残すと怒られていた。
反抗期が早かった兄は、「こんなに食べられへん!もう要らん!」と母に反発して、食事を残すようになった。
すると兄の食べ残しをわたしに食べるように言ってきた。
わたしも少し主張してみる。
「もうお腹いっぱい…。」
「そんくらい食べな!」
睨まれて怒鳴られた。心が痛い。
すみません、食べます食べます。
仕方なく食べていた。
食べることで母が喜ぶならと。使命感を持っていた。
だから、いつも肥満体型だった。
「どうして自分だけお腹にぶよぶよで、手足がこんなに太いのだろう?」
「母を信じて頑張っていた」だけの自分にはわからなかった。
母は笑いながら言った
「あんた、象の足みたいやな、かわいそーに!」
すごく傷ついた。
でもにこにこしていた自分を覚えている。
小学校低学年の頃、お友達と一緒に外で遊んでいると、近所のおじさんが時々カメラで写真を撮ってくれた。
まだカメラが珍しかった時代なのかもしれない。
「ほら、そこ並んで!手繋いで、笑って!!」
「はいチーズ!」
『カシャッ』
数日後、親を介して写真を受け取るのだが、いつもそれが嫌だった。
お友達はいつも可愛らしい洋服を着て、髪を綺麗に編んでもらったりリボンをつけてもらったりしているのに対して、
自分は兄のお下がりのボロボロの服を着て、髪もボサボサ、靴下も履いてない。そして肥満体型。
ものすごく恥ずかしかった。
自分は、そこに居てはいけないような気持ちになっていた。
惨めだった。