先日、畑を借りているおばあちゃんの家で知り合った、おばあちゃんの友人のチサトさんについて書こうと思います。

 

 長崎から地元に帰り、古武術の伊藤先生と二日間を共にしてようやく帰宅した翌日、ゆっくりしたいけど、何だかおばあちゃんちに行かないと行けないような気がしていました。

 昼下がりにおばあちゃんに電話を入れたけれど、話し中だったので、用事を済ませてから夕方にようやくお邪魔しました。

 長崎に行く前に、おばあちゃんからその日はチサトさんという友人が来ていることを聞いていたのですが、すっかり頭から抜けていました。

 

 おばあちゃんちに行くと、白髪で切り揃えた前髪と肩より少し短い髪型が芸術家の雰囲気を漂わせる女性が「こんにちは」と少し気取った口調で挨拶して立っていました。

 音大を出て、写真家となり、現在はピアノと英語を教え、教え子達は東大を始め有名私立大学等に進学しているそうです。

 聞くところによると、両親と兄弟を亡くされ、夫を早くに亡くして独り身なのだとか。

 でも、実際にお会いしたチサトさんは、面食らうほど独特な押しの強さと口調で圧倒されました。

 いつもおばあちゃんちに来る時は、自分で作ったお惣菜と食材を「背負って」来るそうです。そして、滞在する間の献立を既に決めて、おばあちゃんにご馳走するのが慣わしなのだとか。

 わたしにも「今日来てよかったわね。ご馳走が食べられるわよ」と得意げなご様子です。

 おばあちゃんの孫が来るのを待つ予定でしたが、「待たずに食べちゃいましょう。」といそいそと夕食の準備を始め、一人一人の皿に料理を盛るチサトさん。

 「まず初めは、ユーゴスラビア風オムレツと鶏のレモン煮ね。温かい方がいいわよね。」

 と、おもむろに電子レンジに入れ始めます。

 いや、わたしは電子レンジで温めるくらいなら冷たいままでお願いし……。

 「だめ、いやなんて言っちゃ。料理は温かい方が美味しいんだから。」有無を言わせぬ力で押し通されました。

 「ほら、食べてみて。ねっ、温かい方が美味しいでしょ。」

 「…はい、美味しいです。」

 もう俎板の鯉になった心境です。相手が強すぎて、抵抗する術がありません。

 

 続いて、色々の季節野菜とお土産の盛り合わせです。シュウマイは崎陽軒でした。

 

 竹の皮に包んだお手製のちまきは、エビと鶏肉と帆立の貝柱入りでした。これも、ジップロックに入れられて、電子レンジで袋がくたくたになり遠慮したくなるような状態の物を出してもらいました。

 「ありがとうございます。美味しいです。」

 味付けはきっと美味しいんだろうに、昨今の減塩神話のためか塩気が薄くて物足りないのです。

 

 最後に、水沢うどんともずくや季節野菜の天ぷら乗せを頂きました。チサトさん一押しのもずく天ぷらは初めて味わう具材でした。ご本人は、

 「今回は水沢うどんにもずくの天ぷらが合うことが分かったし、今度生徒さん達に振る舞おう。」とご機嫌でした。

 

 デザートは、成城石井のオレンジケーキでした(写真なし)。

 成城石井かあ。添加物が入っていないようで入っている成城石井だからなあ。気が乗らないくせに、大きそうなケーキを自分の席に置くわたしでした。

 

 菌ちゃんふぁーむのことや古武術講座の話をしながら、今の教育が形だけになっていることに話が及び、チサトさんの生徒が習字で「苦学の人」と上手に書いてきたが、その意味を全く教えられていなかったことが残念だったと話していました。

 「あなたは『苦学の人』の意味って分かるわよね?」

 そう聞かれて、何で苦学なのかを答えられなかったわたしと、わたしに落胆するチサトさんでした。

 「わたし達の時はさ、お金がなくて靴磨きをして勉強するとか、そういう時代だったのよ。今の人は苦学しなくていいから、分からないのね。」と教えてもらいました。

 確かに、勉強する環境を十分に与えられながら学ばない学生時代を過ごしましたね。苦学とは縁のない学生時代でした。

 

 「わたしね、みなしごハッチだから、この家に来るのがとっても嬉しいの。」

 そう言って涙ぐむ80歳の少女のようなチサトさんとの出会いに、心が温まる夜なのでした。

 

 <追記>

 一度お会いしただけなのに印象が強烈で、毎日おばあちゃんの家に行っては、おばあちゃんと孫のハルカくんに向かってチサトさんのモノマネに勤しむわたしです。

 

 

 

▽お塩▽

 お塩には体内の電気信号を伝導する大切な役割があるようですよ。減塩信仰には会釈して通り過ぎてくださいね。